第十一話 治癒 2
「大和で、魔物を狩るんだな。わかった」
隣で、ユルが頷いていた。
今のユルよりもずっと幼い、ニライカナイに渡った時のユルだ。今より背が低くて、声は高くて、今ではほとんど着ることもない琉装を身にまとっている。
――――そうだ。
轟くような、声が響く。これは空の神の声だと、ククルはどうしてかわかった。
――――兄妹神の力を、全てこの刀……
ユルがまた首肯した時、空の神は付け加えた。
――――また、この刀には癒やしの力もこめてある。お前の怪我を癒す。お前だけの怪我だ。更に、魔物の血をまとって穢れたお前を刀が浄化するだろう。浄化するには、海の神の力が必要だ。自身が穢れすぎたと思った時は琉球に戻り、海に潜って力を発動せよ。
そこで、意外な人物が進み出た。誰を隠そう、ククルだ。
「は、反対です!」
――――反対? なぜだ。お前たちが望むようにする代わりに、魔物退治をせよと言っているだけだ。この空と海が、もう血と火で穢されないように。
「違います。条件に、文句をつけてるわけじゃありません。ユルの負担が大きすぎます! ユルは戦って、治療も浄化も一人でするなんて!」
それだと一人で、完結してしまう。ククルは、それが嫌だった。
兄妹神として戦う時は、二人で一人だったから。
「おい、ククル。それでいいじゃねえか」
「だめ! ユル一人に背負わせるために、私は来たんじゃない!」
どこまでも広い、蒼穹の向こうを見すえる。
浮かんで座す空の神の姿が、うっすらと見えた。長い黒髪に、浅黒い肌。目元は見えなかったが、どことなくユルや聞得大君に似ている気がした。
――――わがままな娘だ。…………海の神よ、どうする。
空の神は、ふと視線を下にやった。
すると、そこには海に足を浸からせた青年が現れていた。肩のあたりまで伸ばされた茶髪が、風に揺れる。
――――元々、浄化と治癒は女の方が得意な分野だろう。その力は、私の末裔に残せばいい。本人が物好きなことを言っているのだから。
ククルはその言葉を聞いて、頭を少し下げた。
ティンを殺した憎い神様だというのに、こうして相対すると憎しみなど解けていってしまいそうだ。
それが、人間より格上の存在と会う、ということなのかもしれない。
――――良いだろう。では、私は息子に、魔物を引きつけて、殺める刀――天河を。
――――私は末裔に、空の神の息子の傷だけを癒し、浄化する短刀――
二柱はユルとククルに、そう告げた。
はっ、とククルの意識が戻る。
長い時間のように思えたが、一瞬だったのだろう。息はまだ、苦しくない。
(思いだせてよかった!)
浄化の力。命薬は、それを持っていた。だが、琉球の海でないと発動しなかったのだ!
ククルは命薬を心の中で呼んで顕現し、ユルの胸に突き刺した。衝撃のせいか、閉じられていたユルの目が開かれる。
命薬が、ユルに溜まったケガレを吸い取っていく。そのケガレは、ククルに移る。ククルは胸を抑えて、祈った。
(私には、浄化の力がある)
海によって高ぶったククルの力が、ユルから移ったケガレを浄化させていく。
だが、足りなかった。あまりにも、浄化をしていなかった。更に、大きな妖気を吸い過ぎた。だから、命薬だけではユルのケガレを全て吸い取ることができない。
だから、ククルは何も考えずにユルの頭を引き寄せて、唇を重ねた。そして、念をこめて清浄な気を吹き込んだ。
息が苦しくなったところで、ククルはユルの手を引いて海面に向かった。
ぶはっ、と二人で息を吸い込む。
「どう、ユル? 大分、楽になったでしょ!」
ククルは得意満面な表情でユルを見たが、ユルは口元を抑えてこちらを睨みつけていた。
(え?)
そこで、ククルも気づく。
「あっ。ああ――――っ!」
「…………体は楽になった。上がろう」
ククルが叫んでいる内に、ユルはさっさと地上に上がってしまう。手を差し出され、ククルはその手を取って海から上がった。
「あの、その」
ククルは何か言い訳をしようと思いながら、置きっぱなしになっていた荷物を持ち上げる。だが、ユルはさっさと荷物を持って歩き出してしまった。
「待ってよ――――!」
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