第十話 退治 4

 ククルは咄嗟に、首飾りに呼びかけた。


命薬ヌチグスイ!」


 手に、光を放つ短刀が現れる。ユルの天河と違って、戦うためのものではないけれど。命薬を召喚せずには、いられなかった。


 伽耶はククルをかばうように走り、押し倒す。そして、近くにあの蛇の妖怪がずしゃりと落ちてきた。


 後ろから追ってきているとばかり、思っていた。走ることに気を取られて、気配の感知ができなかった。


 妖怪はあの式神を倒し、空を飛んで回り込んできたのだ。


 伽耶は、気を失っていた。妖怪が落ちてきた拍子に穿ったコンクリートの破片が、頭に当たったらしい。額から血を流している。


 ククルは怯えながらも立ち上がり、短刀を構えた。


 怖くて、震えた。


 魔物の大きさは、その力の大きさに比例する。この大妖怪は、祝詞ではまず祓えない。


 伽耶は倒れ、ククルには戦う力がない。絶体絶命だった。


 妖怪は、大きな口を開けて、ククルに襲いかかった。


 ククルは命薬を掲げて、目をつむった。


 飲み込まれるかと思った。だが、蛇は動きを止めていた。刀身が、口の裏に刺さっており、命薬は清浄な光を放っている。


「…………え?」


 命薬でも、戦える?


 そう、心の中で呟いたとき。命薬の刀身が黒く染まり始めた。その闇は、刀身を伝い、柄を伝い、ククルの白い腕にまで上ってきた。


(違う。これは)


 命薬は、妖気を吸っているだけだ。そして妖気は、ククルの中に流れ込もうとしている。


 このままでは、魔物の妖気という毒が回る。ククルは神女ノロだ。体内に、神聖な気を持っている。神の血も流れている。しかし、そんなククルでさえこの大妖怪の妖気を吸い取って、平気ではいられないだろう。


 実際、腕が痛くて仕方がなかった。


「っ…………!」


 唇を噛みしめた時、白刃が閃いた。


「ククル! 命薬を放せ!」


 ユルが太刀と共に、降り立った。ユルに一閃された蛇の首は、ゆっくりと倒れようとしている。ククルは慌てて命薬を抜いた。


「下がってろ」


「う、うん」


 促されて、ククルは伽耶の元に向かった。ちょうど、彼女も呻いて目を覚ましたところのようだ。


 妖怪の一度切り離された首と胴体が、あっという間にくっつき、怒りの咆哮を放って、ユルに向かって飛びかかる。


 ユルは慌てた様子もなく、跳躍で攻撃を避け、天河を振るい続ける。


 明らかに、いつもより身体能力が上がっている。あれは弓削の術のおかげなのだろうか。


 呆然としていたところ、肩に手を置かれた。


「ククルちゃん、災難だったね。……所長も」


 弓削が、白いヒトガタを片手に立っていた。


「……弓削くん。面目ないわ。どう? 雨見くんはいけそう?」


「ええ。まもなく、他のペアも駆けつけるでしょうし。それまで、持たせます」


 弓削は呪文のような言葉を呟いて、三枚のヒトガタを放った。それぞれ、少年少女となってユルを援護すべく、跳んでいく。


 彼の言った通り、まもなく他の所員も駆けつけてきた。


 ユルの太刀だけでなく、年かさの女は長刀を振るい、凜とした青年は弓で妖怪を射る。


 総攻撃で、あっさりと妖怪は力尽き、その巨大な体を横たえた。


 あっという間に終わったことに驚いたククルは、ぐいっと手を引かれて顔を上げる。


「ククル。何だよ、それ」


 ユルは、ククルの腕を見下ろしていた。未だ、ククルの腕は黒く染まっていた。


「…………妖気だと、思う。どうしようもなくて、命薬を使っちゃったら妖気を吸い取ったみたいで」


「どうやったら、治るんだ」


「わからない」


 ククルは途方に暮れたが、ユルはククルの手を掴んで自身の腹に命薬の刀身を埋め込んだ。


「ユル! だめだよ、そんなことしたらっ!」


 たちまち、ククルの体から妖気が抜けていく。その代わりのように、ユルの体がぐらつく。


「何でっ! 何で、そんなことするの!」


 ただでさえ調子が悪いのに、なぜそんなことを。


 最後の方は、言葉にならなかった。泣きじゃくっていたからだ。


 ユルは青ざめた顔で目を閉じ、前に倒れ込んだ。彼を抱き留め、体重を抱えきれなくてククルは膝立ちになった。


 大泣きするククルを、伽耶も弓削も、他の所員も、真剣な表情で見ていた。




 伽耶の報告を受けて、都市に機能が戻る。


 早速開いたという救急病院から、救急車がやってきた。


 ククルはそれに乗り込んでから、気を失うようにして眠り込んでしまった。


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