第十話 退治
翌日、ククルとユルは昼頃に羽前事務所に向かった。
午前中に観光するか、とユルに提案されたのだが、ククルは疲労を意識して断ったのだった。
(私はともかく、ユルは今日戦わないといけないんだし……)
そう考えたので、午前中はふたりで家の中でのんびり過ごしていた。
ユルの背を追って事務所に入ると、背の高いひとが立ち上がってふたりを迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい。ククルちゃんは、どうする? 連れてきたってことは彼女にも協力を?」
弓削の質問に、ユルは露骨に眉をひそめた。
「まさか。ただ……こいつは、
「ふうん。そういうことなら、会議にも出てもらったほうがいいかな」
「他のペアはもう、話終わったんだな?」
「ああ」
ユルと弓削の会話に戸惑いながら、ククルは首を傾げることしかできなかった。
「ククル、行くぞ」
ユルに促されて、ククルは尚も話し続けるユルと弓削の後ろをついていく。
今朝聞いたばかりだが、なんとユルと弓削はペアを組んでいるらしい。
この事務所では、攻撃系と補助系を組み合わせてペアとするらしい。言うまでもなく、
その割にあまり親しそうでないのは、彼らの付き合いがまだ浅いからだろうか。
会議室に三人が入ると、退屈そうに煙草をふかしていた羽前伽耶が艶美に微笑んだ。
「よく来てくれたわ。弓削くん、雨見くん……そして、和田津さん?」
「あのー。私、よくわからないんですけど、ここにいていいんでしょうか」
「ええ。あなたの配置を決めないといけないから。ま、とにかく座ってちょうだい」
促されて、三人は席に着いた。
「手順は、前に言っていた通り。今日、トウキョウに巨大妖怪が接近すると見通した。並大抵の攻撃では、倒れないでしょう。だからこそ雨見くん、悪いけどその刀を存分に使ってもらうわよ。弓削くんは、彼のサポートをしっかりと」
伽耶の言に、ユルは黙って頷いていた。
「あなたたちは主力として、昨日結界を敷いたビルの屋上で待機。それぞれの力を増幅させてくれるわ。隣のビルの屋上に、サポート班が待機してるわ。地上にもね。仕留め損ねた時は、深追いしないこと。それで、和田津さんは妖怪を引き寄せる体質らしいわね。でも、雨見くんの方が引きつける力が強いそうだから、心配せずに。地上に敷いた結界で私と一緒に待機しましょう」
「所長さんと?」
「ええ。私は千里眼持ちだけど、戦う力はほぼないの。だから、私の入る結界は妖怪から姿を消すものよ。それなら、あなたも安心でしょう?」
にっこり笑われたが、ククルは笑い返せなかった。
「私も、手伝いたいんです」
「はい?」
「隠れてるだけってのは、性に合いません。私は、琉球でユルと一緒に魔物退治をしてました。だから、一緒に戦います。私は、ユルの傷を治せます」
「傷を治すだけ?」
紫煙と共に、伽耶は冷淡な言葉を吐き出す。
「簡単な応急措置なら、弓削くんがすぐにできるわ。陽動も、雨見くんの動きを一瞬高めることも。それに、私は千里眼で妖怪の動きをある程度予測し、雨見くんに伝えられる。他スタッフの補助もあるわ」
言外にあなたは必要ないと言われて、ククルは詰まって視線を落とした。
ここでは、ククルは役に立たないのだ。
その後も、伽耶はユルと弓削に作戦について伝えていった。
ククルは衝撃のあまり、ろくに話に耳を傾けられなかった。
「おい、ククル。休憩に行こう」
立ち上がったユルに手を引っ張られて、顔を上げる。
「……話、終わったの?」
「聞いてなかったのか?」
「…………」
ククルは黙り込んだが、ユルは無理に答えを引きだそうとはしなかった。
「いいから、行こう」
気がつけば、伽耶の姿がなかった。もう出ていってしまったらしい。
「下のカフェに行くなら、僕も行こう」
弓削が手を上にぐん、と伸ばしながらそう言うと、ユルは面倒そうに鼻を鳴らしていた。
「好きにしろ。ほら、ククル」
「うん」
ククルはようやく、腰を上げた。
先日事務所を訪れた時にも来た、あのカフェで三人はテーブルを囲んだ。
ククルは気力がなかったので、ユルに注文をお願いした。彼は、温かいカフェモカを運んできてくれた。
店内に寒いほど冷房が効いているからか、弓削は熱いコーヒーを啜っていた。ユルは無表情で、アイスコーヒーのストローをくわえている。
「あのさ、ククルちゃん。そんなに落ち込まなくても。君が来る前から、決まっていた計画なんだし。所長もはっきり言うだけで、悪意はないんだよ」
弓削は優しい声で慰めてくれた。対するユルは、困ったように腕を組んでいる。
「……弓削さんはどうして、そんな補助みたいなのが、できるんですか?」
ククルの突然の問いに弓削は一瞬驚いたようだったが、すぐに相好を崩した。
「ああ、実は僕は陰陽師の家系なんだよ」
「お、陰陽師?」
漫画で見たことがある、と言い添えると弓削は苦笑していた。
「まだ、陰陽師の家系って存続しているからね。実家は京都なんだけど、大学で東京に来てさ。そのまま、この事務所に就職したんだ。とはいえ、僕は跡継ぎだからいずれ京都に戻るつもり」
「そう……なんですか」
陰陽師の家の跡継ぎということは、幼い頃から修行をしていたのだろう。
「変に落ち込まないようにね。所長はただ、夜に頼まれたから君を安全なところに……と思っているだけだから」
「はい」
ククルは頷き、カフェモカを一口飲んだ。ほろ苦い甘さが、今の心情にぴったりだった。
あっという間にアイスコーヒーを飲み干したユルが「オレ、ちょっと」と言って席に立つ。
お代わりを注文してくるつもりなのだろう。カフェは先ほどから混み始めた。今からレジに並ぶと時間がかかりそうだ。
ぼんやりと彼の背を見送っているククルに、弓削が声をかける。
「ククルちゃん、大丈夫? 顔色、悪いよ」
「はい、平気です。ただ、自己嫌悪してるだけで」
「自己嫌悪?」
「私はもっと、ユルにとって必要な存在だと思い込んでいたんです」
力は分離した。されど彼が戦う時には、自分が傍にいなければと思っていた。魔物の気配を感知し、ユルの補助をして傷を癒す。
でも、もうユルはククルなしでも戦えるのだ。
それが、辛かった。
更に、ユルはもう自分の世界を構築している。ククルは異分子でしかない。
弓削は、ククルの存在を聞いたこともなかったと言っていた。河東もそうだという。
(いらない、存在なのかもしれない)
ククルが泣きそうになってうつむくと、弓削がそっと肩に手を置いた。
零れ落ちそうになる涙をこらえて、弓削の白い顔を見つめる。
「僕は夜とはまだ数ヶ月の付き合いだけど、わかることもある。あいつは、大切なことほど言わなかったりする。夜には君が必要に決まってる。ククルちゃんにはわかりにくいのかもしれないけど、君を大切にしてるのは傍から見ればわかる」
「……でも」
「大丈夫。あいつがあんなに心配した顔見たの、初めてだったし。気にすることないよ。ただ、夜は言葉が足りない。君は思い込んで考えすぎてしまう。きちんと、話し合うんだよ」
ククルに言い聞かせるように心地よい声で語って、弓削はククルの肩から手を放す。
その時ちょうど、ユルがアイスコーヒー片手に帰ってきたので、二人はどちらともなく口をつぐんだのだった。
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