第七話 再会 8



 かくしてククルは購入を終え、ユルの下に戻った。急いでいたので、店員に薦められたものを適当に買ってしまった。


「お待たせ」


 声をかけると、ぼんやりしていたらしいユルは、すっくと立ち上がった。二人は何気なく、歩き始める。


「服は、どこの店で買おうかなあ」


 店が多すぎて、迷ってしまう。しかも最近は琉装ばかり着ていたので、洋装を選ぶのは久しぶりだ。


「どうせなら、琉球にない店にすればどうだ」


「琉球にない店、かあ」


 ククルは通り過ぎながら、苦労して店名のアルファベットを読んで行く。相変わらず横文字は苦手だった。


「……あ、ここ、テレビで見たことある」


 ククルは立ち止まり、とある店の前で足を止めた。


 海外のブランドで、最近大和に進出したとか何とかかんとか……結構なお手頃価格らしい。若者向けなので私は行けないわねえ、と高良夫人が嘆いていたことを覚えている。


「よし、じゃあここで選べ」


「うん。……二着でいいかな?」


 ユルは来週帰る予定にしていたので、洗濯することも考えるとそれぐらいでいいだろう、と思ったのだが、ユルは首を傾げた。


「もうちょっと買えば」


「どうして?」


「琉球にない店なんだし、せっかくだから大目に買っとけ」


「……わかった」


 ククルは頷き、速足で店内に入った。




 これまた店員の薦められるがままに、買ってしまった。ユルはカードで支払いをしていて、ククルは思わず感心する。


(カード、かあ)


 どうして板切れでお金が払えるのだろう。現代文明の謎の一つだ。


 その後、手近な店に入って昼食を取った。


 時間がないので、ゆっくり食事はとれなかった。事務所の最寄り駅に向かう電車の中で揺られながら、ククルは先ほど食べた甘ったるいパスタの味が口に残っていることに気付いた。


 おいしかったけれども、半分ぐらい食べたところで若干胸焼けしてしまった。


 気分の悪さを誤魔化すように咳払いして、ククルは電車内を見渡す。この電車はそれほど混んでいなかったが、満席だった。はしゃいでいる家族連れ、疲れたように眠る男性、化粧にいそしむ女性――色々な人が乗っていた。


 琉球には電車がないので、なんとなく未知のもの、という印象がある。


「……ユル」


 隣に立つユルに呼びかけると、黙って見下ろして来た。


「よく、ここで暮らせるね……」


 滞在二日目にして、ククルはもう疲れてしまった。琉球と違いすぎる、というだけではなく、数百年前とも剥離がありすぎる。ユルはどうやって、適応しているのだろう。


 すると、ユルは皮肉気な笑みを浮かべた。


「お前、本当に田舎者を体現してるよな」


「……う、うるさいよっ」


 言い返しつつ、ククルは「そうか」と納得する。ユルは都生まれだ。神の島という僻地で生まれ育ったククルとは、前提からして違うのだ。


 あまり御内原ウーチバラから出してもらえなかったらしいが、それでもたくさんの女官にかしずかれていたのだろうし、人の多さに慣れているのだろう。


「ユルはね、昔……都の市場とかにも行ったの?」


「顔隠して、行ったことはあるな。倫先生が連れて行ってくれたんだ。オレが気の毒だったんだろう」


 ユルは首を傾げ、答えた。


 ユルは影武者ゆえに、表舞台に立つことは許されていなかった。授業以外はほとんど、御内原にこもり切りだったのだという。その境遇に同情し、倫が連れ出してくれたのだろう。母親の聞得大君は……とてもユルを連れ出してくれそうな性格でもなし。


「……この駅だ、降りるぞ」


 電車が停まったと同時にユルが歩き出し、ククルはその後を追う。


 相変わらず人が多い。駅も、そこから出た歩道も、人で溢れかえっていた。色んな服を着ている人ばかりだから、たくさんの色が目に映る。でも、不思議と鮮やかな印象はなかった。


(……太陽のせいか)


 同じ夏の太陽でも、琉球の太陽より若干弱い気がする。ぱちぱちと、目を瞬かせる。目に映る景色の印象は、灰色。灰色のスーツの人が多いせいもあるのだろうか。


 洗練された、大和のトウキョウ。やはりここは、異国だ――と実感してしまう。


 ぼんやり歩いている内に、目的地に着いた。ユルはすたすたと、雑居ビルに入って行く。辿り着いた三階に――そこは、あった。


 羽前うぜん事務所……、と心の中で読んでいる内に、ユルが中に入って行く。


 ユルに続いて入ると、いたって普通の人たちがパソコンに向かって仕事していた。ユルに気付き、幾人かが挨拶をする。彼は早口の大和語で何か説明していたが、ククルはぼんやりしていたせいで聞き取れなかった。


(ここが、退魔事務所?)


 普通の会社の一部に見える。ククルが戸惑っている間に、ユルは一人の女性に話しかける。彼女は頷き、奥の方に行ってしまった。


 彼女はすぐに帰って来て、「所長室に行って」と伝えてくれた。ユルは頷き、歩き出す。


 そして所長室の扉を開き、入った先には――艶やかな女性が、席に着いていた。はっきりした顔立ちの、文句なしの美女だ。年のころは、三十代ぐらいだろうか。


「どうも、雨見くん。そろそろ連れて来ると思ったわ」


 彼女は立ち上がり、ククルに歩み寄って来た。


「はじめまして。あなたが、雨見くんの――」


 ククルは、差し出された手を握る。冷たい手だった。


「雨見くんと、数百年前から来たのね。あなたも琉球の神の血を引く?」


 その確認に、ククルは青ざめる。


「ど、どうして」


 思わずユルの方を見やったが、ユルは「大丈夫だ」とククルを安心させるような、優しい声音で言う。


「所長は、千里眼なんだ」


 その説明に、ククルは目を見張り――眼前の美女を、穴が空くほど見つめてしまったのだった。


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