第七話 再会 6



 後片付けはしといてやる、とユルが言ってくれたのでククルはお風呂を入れた。


「お風呂沸いたけど、入る?」


 台所のユルに呼びかけると、背を向けたまま彼は「先に入れよ」と答えた。


 疲れていたので、有難く先に湯をいただくことにして、ククルはスーツケースを開けたが……。


「ユル、どうしよう」


「あ?」


「私、寝間着忘れちゃった……」


 急いで荷造りしたため、すっかり忘れていた。


「しかも着替え、明日の分しかないの」


「はあ?」


 ユルは呆れて、こちらを振り返る。


「そのー、すぐにユルを連れて帰るつもりだったから」


「……何でお前はゴーヤを持って来て、寝間着を忘れるんだよ」


 ため息をついて、ユルは手を洗っていた。


 ごもっとも、と呟いてククルはしょんぼりしてしまう。


「着替え、明日の分はあるんだな?」


「うん」


「なら、明日買いに行くか。どうせ、事務所行くのは午後からだし……。寝間着が問題だな」


 手を拭いたユルは、一旦寝室に引っ込んでしまった。すぐに出て来て、綺麗に畳んだ浴衣を渡してくれた。


「オレの浴衣だけど、これ着て寝ろ。新品とはいかないけど、我慢しろよ」


「うん! ありがとう!」


 ぱっと笑顔になって、ククルは浴衣を抱え込んだ。




 湯船に浸かって、ククルはほうっと息をつく。


(うん、やっぱり上等な部屋だ)


 そういえば、ユルは五月ぐらいに引っ越したと高良家に連絡を入れていたらしい。


 おそらく、魔物退治の報酬がいいので、この物件に引っ越した――といったところだろう。


 ユルはなんだかんだ育ちがいいから、いい住まいを求めたのだろうか。


(なんか……きっちり、暮らしてるなあ)


 家事も慣れたような様子で、部屋も綺麗にしてあるし……。


 膝を抱え、ククルは温い湯の中で目を閉じる。


(いつも、ユルは一人で完結してしまう)


 ククルなんていらないと、背中が拒んでいる。それが淋しかった。




 風呂から上がったククルは、体を拭いて浴衣に袖を通した。ユルのものだし、男物だから大きくてぶかぶかだ。どう考えても裾を引きずってしまいそうなので、たくし上げた。


「……あれ、ドライヤーまである。まるでホテルだなあ」


 一人ごちて、ククルは洗面台に近付く。壁にかけてあったドライヤーで、髪を乾かす。髪が長いので、ドライヤーの存在は有難かった。


(でも何で、ドライヤーがあるんだろう)


 ユルも髪は長い方だから、必要だったのだろうか。しかし、伊波家にいた時も高良家にいた時も、自然乾燥で済ませていたような……。長いといっても、ククルのように背中まであるわけもなし。大した手入れもしていないくせに、艶やかな髪だったのが羨ましくて……と、ここでククルは思考が逸れたことに気付く。


(……待ってよ。二人分の食器に、ドライヤーって……)


 まさか、もう一人住んでいるのではあるまいか、と気付いてしまった。それも……女性だろう。


 鏡に映るククルの顔は、風呂上がりだというのに、すっかり青ざめてしまっていた。




 リビングに出たククルを見て、ユルは微妙な表情になっていた。


「やっぱり、大きすぎるな」


「う、うん」


 裾をたくし上げているのが妙に見えるのだろうと考えつつ、ククルは疑問を口にした。


「ねえ、ユル。ここって、ユルの他に誰か住んでるの?」


「……住んでないけど」


「じゃあ何で、二人分の食器があったり、ドライヤーがあったりするの?」


 その質問に、ユルは驚いたようだった。視線が、彷徨う。


「食器は予備だ。たまに友達が来るし。ドライヤーは、前の住人が置いて行ったやつ」


「ほ、本当?」


「嘘ついてどうするんだよ」


 たしかに、と納得しながら、ククルは霊力セヂが働かないことを疑問に思う。妙に動揺しているせいか、霊力が安定しなくて、嘘か真実か見抜けないのだ。この力は必ず働くというわけでもなく、不安定なものなので仕方ないのだが……。


(何で、動揺するんだろう)


 奇妙なこともあるものだ。たとえ、ユルが女性と住んでいたってククルには関係ないのに。


「……そっか」


「それより、お前。寝室で寝ろよ。ベッド貸してやる」


 話題を変えられたことに気付きながらも、ククルは話を蒸し返すことはしなかった。


「いいの? ユルはどうするの?」


「ここで布団かぶって寝るから、心配すんな」


「……ごめんね」


 やはり、事前連絡なしの来訪はすべきではなかったかもしれない。ククルは反省した。


 でも、事前に言えばユルはククルの来訪を許可しなかっただろう。ともかく、もう来てしまったものは仕方がなかった。


 寝支度を終えて、ククルはベッドに横たわった。掛布団をかぶると、ほのかにユルの匂いがした。懐かしい、と目を閉じる。


 寝室の扉の隙間から、光が差し込んでいる。ユルはまだ起きておくようだ。


(あの荒みを、どうすればいいんだろう)


 何か原因があるはずだ。考えなければ、と思いながらククルは、ゆらゆらと波のように打ち寄せる眠気に身を委ねた。


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