第七話 再会 5
そのまま、じっとユルの目を見つめ続ける。根負けしたように、ユルは目を逸らした。
「ユル、話してよ」
「……悪いけど、今は眠いんだ。あとで話すから」
「眠い?」
「ああ」
たしかに、彼の顔色は悪かった。
体調の悪いところに、ククルを迎えに行ったものだから疲労が溜まったのかもしれない。
「わかった――。あとで、絶対ちゃんと話してよね」
確認を取ると彼は小さく頷き、あくびをして寝室に引っ込んでしまった。
残されたククルは荷解きをすることにした。スーツケースを拭いて、リビングに持って来て広げる。
壁時計を見上げると、もう六時だった。
(ごはん、作ってあげよう)
修行した料理の腕の見せどころだろう。
ちゃんとゴーヤも持って来たし、とスーツケースの片隅に入れたビニールに包まれたゴーヤを取り出した。
勝手に冷蔵庫の中身を失敬して、ククルは琉球の料理を作った。
(……ちゃんと自炊してるみたいだなあ。どこで習ったんだろ)
冷蔵庫の中身や台所に並んだ調味料を見る限り、きちんと自炊しているようだ。
食器も勝手に使おうとしたが……
(あれ、どうして二人分あるんだろう)
思わず首を傾げてしまった。箸も二人分ある。新品というわけでもなさそうだ。
予備で使ってるんだ、と納得することにしてククルは料理をよそった。二人分あるのは、今は有難い。
ごはんもたけて、全ての準備が整ったところでククルはユルを起こしに寝室に向かった。
「ユルー。ごはん勝手に作っちゃったよ」
呼びかけると、薄暗い部屋の中でユルが目を開く。
「……お前が、作ったのか?」
「実は最近、高良のおばさんから料理習ってるのです。はいはい、起きて」
「……へいへい」
怠そうに、ユルは起き出して来た。
一足先に台所に戻って、ククルは配膳も済ませてしまう。
「……いただきます」
「どうぞ!」
にこにこ笑うククルから目を逸らすようにして、ユルは食べ始めた。
「どう? どう?」
ユルがゴーヤを口に含んだところで、思わず身を乗り出して聞いてしまう。
「……なんていうか」
「うん」
「…………普通」
「ええっ」
なんと失礼な、と頬をふくらませて、ククルもゴーヤの炒め物を食べる。
(あれ)
「ほんとだ、普通だ……」
まずいわけではないが、おいしくもない。どうやら、味付けを失敗してしまったらしい。味噌汁の方も、どうも味が薄くて「普通」としか言いようがない。
「失敗したなあ……。あ、食材勝手に使っちゃったからね」
「ああ。冷蔵庫に、ゴーヤはなかっただろ。これ、どうしたんだ?」
「持って来たんだよ。なんだか持って行かなくちゃ、って気になったんだけど正解だったね。ユル弱ってたもの。こっちじゃ売ってないでしょ?」
「売ってるけど」
「えっ」
ククルは驚き、目を見張った。
「トウキョウに売ってないものなんてねえよ」
「……へえ。じゃあ、時々ゴーヤ食べてたの?」
「いや……わざわざ買うのもな、と思って」
どうやらユルはゴーヤが好きではないらしい。嫌いでもないようだが。やっぱり持って来てよかった、とククルは思い直す。
「それで、ユル。話してくれるよね?」
待ちきれないように口を開くと、ユルは頷いた。
「大和には、
「退魔事務所……?」
「ああ。たまたま襲い掛かって来た魔物を斬り捨てたところを、そこの所長に見られたんだ。それで、スカウトされた」
「ええ? ってことは、そこで働いてるの!? 大学は?」
「大学もちゃんと行ってる。バイトみたいなもんだ」
ははあ、とククルは呟く。
「それで、魔物の血が付いてるんだね。でもユル、良くないよ。今のユルは、荒んでる。自分でもわかるでしょ。体調悪いのも、そのせいだよ」
「……といっても、な」
「うん?」
「魔物退治は、ニライカナイの神々と交わした約束でもある。止めるわけには、いかないだろ」
その一言に、ククルは箸を止めてユルを見た。
「思い出したの!?」
「少しな」
はあ、とユルは大きなため息をつく。
「ニライカナイでオレたちが、神々と交わした約束がある。神々は干渉を止めるが、その代わり均衡を保つべく、オレたちに使命を課した。それで、オレは魔物を狩らなくてはならない。魔物は、自然発生的に生まれるものもいれば、人間の憎悪などの負の感情から生まれるものもいる。厄介なのは、後者だ。この魔物は害を為し、更なる憎悪を振りまく」
ユルの説明を聞きながら、ククルは驚きつつも――納得していた。まるで、以前聞いたことを聞き直すような心地だった。ユルの説明に、間違いがないという証左だろう。
「オレたちがニライカナイに行っている間、大きな戦争があっただろう。あれを、天空神は“大和から災いがやって来た”と言った。大和と琉球は近すぎる。大和に災いが溢れれば、琉球にもやって来る」
「だから、ユルは大和に行くようにと言われたの!?」
「そうだ。大和の中でもトウキョウは、“溜まるところ”なんだ。すぐに魔物が生まれ、倒しても倒しても生まれて来る。それを食い止めるのが、オレの使命なんだ」
「……そんな」
ククルは食べる気をなくして、箸を置いた。
「何で、私に言ってくれなかったの……?」
どうしても、責めるような口調になってしまう。
「ククル。高校生の頃、お前は何度か魔物に襲われただろ」
「うん……」
「その時、常にオレが傍にいなかったか?」
その問いに、ゾッとした。そうだ。ククルが魔物に出くわす時、必ずユルが傍にいた。
「でも、一番初めの……兄様に化けた魔物に襲われた時、ユルは後から来たよね」
「……違うだろ。お前が、一番最初にその魔物を見た時はどうだった」
「あ……」
そうだ。観光客に紛れた、ティンにそっくりな人を見かけた時、ユルはいたのだ。少し離れていたけれど。
「つまり、どういうこと?」
「魔物をよく見るようになったのは、オレたちが
驚きすぎて、ククルは何も言えなかった。
「オレが大和に行けば、お前は魔物に頻繁に襲われることもなく、過ごせるだろ。……使命のことを言えば、付いて来そうだったし」
「あ、当たり前だよ! 私は、ユルの傷を癒せるのに! なのに……何で、一人で戦おうとするの……」
泣くまい、と思っていたのに涙が零れた。
「別にお前のためじゃねえよ。オレに、お前を庇う余裕がないだけ。一人で戦う方が気が楽だと思っただけだ」
「……!」
暗に足手まといと言われたが、不思議と怒りは湧いてこなかった。興奮で昂る霊力が、ユルが嘘をついていることを教えてくれるから。
きっと、ユルはまだ罪悪感を抱いているのだ。ククルをこの時代に連れて来てしまったこと。だから、一人で戦おうとしているのだ。
「別に、そんな悲壮感のある使命じゃねえよ。どうせオレは大和に出て勉強したかったし、ちょうどよかったんだ。スカウトされたのも、渡りに船って感じだ。使命を果たしながら金稼げるんだから、一石二鳥だろ」
「……でも」
ククルは涙を拭い、ユルを見据えた。
「それで、ユルは弱ってしまってる。無茶しすぎだよ。……一旦、琉球に帰ろう」
「――しばらくは無理だって言ったろ。もう、依頼引き受けちまったんだよ。片付いたら、帰るから」
「だめ。もう、無茶しちゃだめだよ……。私が、その所長とやらに話しに行く」
ククルの発言にぎょっとしたようで、ユルは少し慌てていた。
「そんなこと、オレは望んでない」
「望んでなくても、話す。ユル、自分の状態よくわかってなかったでしょ。でも、私はユルの状態を見抜いた。私をノロとして信用してくれるなら、私を連れて行って!」
言い切り、肩で息をする。しばらく睨み合いとも言える、視線のぶつかり合いが続いた。
根負けしたのは、ユルの方だった。
「……わかったよ。明日、事務所に行くから。お前も来い」
「うん!」
ククルは笑顔になり、ふと膳を見下ろした。すっかり、夕食は冷えてしまっている。ただでさえ“普通”な食事は、まずくなってしまっているのではないか、と懸念する。
ククルがぬるい味噌汁を啜ると、ユルも食事を再開した。
「……普通だね」
「……普通だな」
冷えた食事は、まずいとまではいかなくて。どこまでも普通な味だった。
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