第七話 再会 4



 そしてククルは、大和に降り立った。


 ゲートを出て、凄まじい人の数に圧倒されてきょろきょろしてしまう。


 ナハも大きな空港だったが、ここはその上をいく。壁際に寄って、ククルは携帯電話を取り出した。


(ここからが、怖いかも)


 ユルは絶対怒るだろうな、と思いながら彼に電話をかける。しばらく鳴った後、応答があった。


『――どうした』


 平坦な声だったので、機嫌がいいか悪いかは、よくわからなかった。


「ユル。私ね」


『ああ』


「今、トウキョウの空港にいるの」


『……………………』


 恐ろしいほどの、長い沈黙。


「ユ、ユル?」


『……冗談、だよな?』


「ううん、本当にいるの」


『…………』


 そうして、


『お前は、どうしてそういうことをするんだ!!』


 思い切り、怒鳴られてしまった。


「だ、だって! ユルが悪いんだよ! 霊力セヂが危険を告げてるから心配してるのに、すぐに電話切っちゃうし! そもそも、ユルはずっと私を避けてる! すぐに帰って来ないのだって、何か理由があるんでしょ!」


 まくしたてている内に、気が大きくなって来る。同時に大声になってしまい、通行人がうろんげにククルを見て行く。


 泣きそうになって、歯を食いしばる。


「ユル、ずーっと私に隠し事してるでしょ! わかってるんだからね!!」


 息を切らせていると、ユルのため息が聞こえて来た。


『……わかったわかった』


「何がわかったのか、言ってみてよ! ずっとずっと対話を拒んでるのは、ユルの方じゃない……!」


『わかったから、一旦黙れ! そこ、空港なんだろ!』


 指摘され、ククルは周囲を見渡す。すっかり、好奇の視線が集まっていた。


「……それで、迎えに来てくれる? さすがに私じゃ、ユルのところまで行けないから……」


『わかった。そのへん、どっか店でもないか? どこかに入って茶でも飲んでろよ。オレが空港行くまで、結構かかるから』


「えーっと」


 近くに、カフェがあった。その旨と店名を、ユルに教える。


『わかった。国際線ゲート近くの、その店な。迎えに行ってやるから、そこから動くなよ』


「うん」


 そうして、通話が切れる。ククルは、スーツケースをガラガラ言わせながら、カフェに近付いた。店内はいっぱいのようだが、オープン席は空いている。オープン席の方がユルも見つけやすいし、都合がいいだろう。


 スーツケースを椅子の傍に置いて席を確保してから、ククルは手鞄だけを持って注文するために店内に入った。




 なんだかやたら高くて甘い氷の飲み物を啜りながら、ククルは空港を行き交う人々を眺めていた。


(……もう既に、疲れた)


 琉球の何倍もの人口は伊達じゃない。こんなに人がいて、よく空気がなくならないものだ、とくだらないことを考えてしまう。


 どうしてユルは、大和を選んだのだろう。彼も人の多いところは苦手なはずだが――。


 なんだか眠くなってきてしまって、目を覚ますためにもストローを啜る。すっかり溶けたフラペチーノは水っぽくて、おいしくない。さっきは驚くほどおいしかったのに。


 とうとう船を漕ぎ始めた時、懐かしい声が響いた。


「ククル」


 それで一気に目が覚め、顔を上げる。


 傍にユルが、立っていた。四か月前とそう変わりないが、心なしか少し肌が白くなったような……それに――


「どうした」


 問われ、ククルは首を傾げる。


「ユルこそ、どうしたの? 疲れてるみたいだけど」


 何だろう。顔色がよくない。それに、どこか荒んだ空気をまとわせている。この荒みは、一体……。


「ちょっと寝不足なだけだ。ほら、行くぞ。荷物はこれだけか」


「う、うん」


 ユルはククルのスーツケースを持ってくれる気らしく、取っ手を引いた。


「お前、どこか宿を予約して来たか?」


 質問に、ククルはきょとんとしてしまう。


「もちろん予約なんてしてないよ。え、何で? ユルのところ、泊めてくれないの?」


「……だろうと思った。一応聞いただけだ」


 呆れたように笑って、ユルは先に行ってしまう。


「待って!」


 ククルはカップをゴミ箱に放り込んだ後、慌ててユルを追った。




 空港の外に出て、またククルは人の多さに驚愕する。


 上手く人が避けられなくて、ユルと距離が開いてしまう。


「あわわ」


 どうしよう、と混乱に陥りかけたところで、ぱしっと手を握られた。いつの間にか戻って来たユルが、手を引いてくれる。


「あ、ありがとう」


「相変わらず、どんくさい奴」


 嫌味を言われて、感謝の気持ちが台無しになる。むっと頬をふくらましたものの、ククルは有難くユルに手を引いてもらうことにした。


 それから電車に乗って、何度か乗り換えた。その度ククルは仰天していたのだが、二番目に乗った電車が一番混んでいた。


「……何でこんなに人が多いのっ」


 つい涙目になってしまう。こんな圧迫感は初めてだ。


「よりによって、混む時間帯だからな」


 二人は扉付近に陣取り、ユルはククルの頭上付近に手を付いていた。斜め前の人などは、若干足が浮いているようだ。


 ひい、と思いながらユルを見上げる。どうやら、ユルは少し空間を作ってククルが押しつぶされないようにしてくれているらしい。


 たまに優しいんだから、と口元が綻んでしまった。




 ようやく最寄り駅に辿り着き、徒歩でユルの下宿先に向かった。


「お邪魔します。見て回っていい?」


「好きにしろ」


 玄関に上がり、家の中を見て回る。どこも綺麗にしてあった。


 リビングとキッチンは一緒になっていて、寝室が一つついていた。バスルームは、一人暮らし用の部屋にありがちなユニットバスではない。


「結構、いいところだね?」


「まあな」


「ていうか、綺麗にしてある。急いで掃除したの?」


「してない。普段から、お前みたいに散らかしてないだけだ」


 その返答に、むかっとしてしまう。


「私は散らかしてないの! ちょっと、仕舞い忘れるだけ!」


「それを散らかす、って言うんだよ。馬鹿。――いいから、座れ。茶ぐらい淹れてやる。荷解きはあとにしろ」


 馬鹿呼ばわりされて益々腹を立てたククルに、ユルは座るよう促した。


 有難く、ククルは床に座り込む。ククルにしては大冒険だったし、加えて人ごみのせいですっかり疲れていた。


 ユルは冷たい緑茶をグラスに注ぎ、テーブルに置いた。ククルは早速それに口をつける。


「さんぴん茶じゃないんだね。こっちじゃ、売ってないの?」


「売ってるけど、ジャスミンティーとかいう名前になって売られてる」


「へえ!」


 琉球お馴染みのさんぴん茶が、そんなハイカラな名前になっているとは……とククルは感心した。


「――それで?」


 ユルはグラスを傾けながら、ククルに問う。


「オレに危険が迫っているように、見えるかよ」


 少し、声が怒っていた。


「……様子が違うことは、わかる。ユル、私に何か隠してるよね?」


 ククルも負けずに、強い口調で言いきり、ユルを見据えた。ここまで来て、退いてたまるか、という気持ちだった。


「その荒んだ空気――何もないとは思えない」


「……」


「私の目を舐めないで。これでもノロだよ。……ユル」


 目をすがめる。人混みから離れ、ようやく安定した霊力セヂが教えてくれた。


魔物マジムンを、狩ってるでしょう」


 彼に染み込み、まとわりついているのは、魔物の血だった。


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