第七話 再会 2
昨日、電話を受けてからククルの心はずっとざわついていた。
あとでユルに電話しよう、と決めてククルは朝も早くから
神の島の御嶽は、少し特殊な形になっている。天然の洞穴の中に御嶽があり、そこには兄妹神の間、海神の間、天空神の間がそれぞれ別個に存在している。
ククルたちが眠った後に、今の形に作り替えられたのだという。
まずは、御嶽の周りと中を掃き清める。そして、家に戻って蝋燭に火を灯し、燭台片手に戻る。
ククルは洞穴に入り、まずは兄妹神の間に向かった。といっても、御神体であった自分たちはもう起きてしまったので、寝台を模した岩の上に横たわるのは、昔に着ていた着物だけだ。
ククルはともかく、ユルはもうこの着物は着られないな、と漠然と思う。ユルは以前より、かなり背が伸びたからだ。
寝台の傍らにある、松明に火を灯す。ぼう、と御嶽が少し明るくなった。
ククルは地面に正座し、手を合わせて祝詞を唱えた。太古から続き、兄妹神として神の島を守って来た、かつての兄妹神たちに祈りを捧げる。もちろん、かつての兄にも。
一礼して立ち上がり、ククルは次の間に向かった。
海神の間は、海につながっている。洞穴に流れ込む海水は透き通っており、水音が心を凪がせる。
流れ込む海水の上に、祭壇が設えられていた。
ククルは傍らの松明に火を灯し、地面に正座して祝詞を唱え、祈った。ククルに眠る海神の血が、ざわつく。
一礼し、ククルは最後の間を訪れた。もちろん、火をつけるのは忘れない。
空の神の間は、斜め上に窓のように、開いた空間がある。そこから、蒼穹が覗いている。御嶽に差し込む陽光は、いかにも神聖に見えた。
祭壇は少し高い位置に、設えられていた。ククルは地面に座り、祈りの態勢を取る。
ユルの父親である、空の神に祈る。古代の言葉で構成された祝詞が、御嶽に響く。
兄妹神と海の神と空の神の御嶽が一緒になっているのは、ククルの祖が海の神でユルの親が空の神だったからだろう。今はユルが留守にしているので、ユルに頼んで旅立つ前に手拭いに血を染み込ませてもらった。それが今、祭壇にある。もちろん、これには参拝客にも触らないようにとお願いしている。
(ちょっとためらうかな、と思ったのに、何の躊躇もなく小刀で指を切って手拭いに血を染み込ませていたっけ……)
ユルは自分を傷つけることを厭わない。必要とあらば、頓着なくやってしまう。たまに、それが怖い。
大和の空の下でも、空の神はユルを守ってくれるのだろうか……と考えながら、立ち上がった時だった。
ぐらり、めまいがした。悪寒にも似たものが、背筋を辿る。
「……まさか」
ククルは、覗く青空を見上げた。
(ユルに、何かあったの!?)
これが、警告でなくて何だというのだろう。
朝の祈りを終わらせた後、ククルはユルに電話をかけた。
『……はい』
「ユル? 大丈夫?」
『何がだよ』
朝早くて眠いのか、不機嫌そうな声音だった。
実は、とククルは御嶽であったことを語った。
『ふうん。別に何もないぞ。気のせいだろ、気のせい』
と言って、ユルはまた電話を切ってしまう。
素っ気ない、というだけの話ではない。まるでユルは、ククルと長く話したくないようだ。
(ユルがその気なら……)
「大和に、行ってやるっ!」
すぐに帰れない理由だって、不明だ。無理にでも、この島に連れて帰ってやる、と息巻いてククルは一人頷いた。
その夜、「ユルには内緒でトウキョウまで行きたい」と相談すると、高良夫妻には、大反対されてしまった。
「ククルちゃん! 大和のトウキョウには、この島どころか信覚島と比べても、倍の倍の倍も人がいるんだよ! 君一人じゃ、ユルくんのところまで行けないよ!」
「倍の倍の倍……」
どのくらいなんだろう、と高良の発言を受けてククルは首を傾げる。
「一千万人、住んでるはずよ」
高良夫人の一言に、ククルは仰天する。
「いっせんまん!」
それは多すぎる。
「あ、あれ? 琉球の人口って百五十万足らず……って」
思い返して、青ざめる。首都だけで、琉球の人口の何倍もの人口を抱えるとは――大和を舐めていたようだ、とククルは反省する。
しかし、退くわけにはいかなかった。
「でも絶対ユルのところに、行かないといけなくて……。神様が教えてくれたこと、無視できないです。電話じゃ、ユルは私を避けるように切ってしまうし……」
ククルの嘆きに、高良夫妻は顔を見合わせる。そこで、ミエが口を開いた。
「空港まで行って、ユル様に迎えに来てもらえばよろしいのでは。空港に来たとなれば、ユル様もきっと無下にはできないはず」
「なるほど! ミエさん、頭いい!」
ククルが決意すると、高良は腕を組んだ。
「うーん。となると、飛行機のチケット取らないとねえ……。なるべく、早く行きたいんだよね?」
「はい!」
「そういうことに詳しい奴いるから、手配頼んでみるよ。トウキョウ行きの飛行機なら、まあ取れるだろう」
高良はそう言って、電話をかけるべく立ち上がる。
どうやら、何とか大和に行くことができそうだった。
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