第六話 離別 4



 それから数日後、ユルはトウキョウに行くため、島を発つことになった。


 空港には、高良夫妻と伊波夫妻が揃って見送りに来てくれた。


 お世話になりました、と両家に挨拶をしてから、ユルはククルに視線を寄越す。


「じゃあ、あとはお二人で……。またね、ユルくん! 夏休みに!」


 高良が挨拶をして、両家はその場から立ち去る。


 残されたククルとユルは、どこか気まずく目を合わせる。


 泣きそうになってしまって、ククルは唇を噛む。笑わなければ、と思うのに口角が上がってくれない。


 ぽん、と頭にユルの手が置かれた。


魔物マジムンには気を付けろよ。何かあったら、電話しろ。……ノロの務め、頑張れよ」


 一気に言ってしまって、ユルは一歩後ずさった。


「……ユル」


 泣かないつもりだったのに、勝手に涙が一筋、滑り落ちた。


「今まで、ありがとう……」


 最後に、感謝の言葉を。これだけは、決めていた。


 契約は終わりだ。もう兄妹神の力もない。ユルが留まる理由もない。


「ユルが兄になってくれて、よかった」


「……お人好しだな、お前。オレは、お前を振り回しまくったのに……」


「それでも、よかったと思うの」


 ほろほろ、流れる涙をユルのひとさし指が留める。


「泣き虫」と、低い声で耳に囁かれたので、「知ってる」と答えて目を閉じる。


 泣かないつもりだったのに、どうしても涙が止まってくれないのだ。泣いても、ユルが意志を変えることはないと、痛いほどわかっているのに。


 滑り落ちた涙が唇に降り、塩辛い。まるで海水のようだ。


「ククル、命薬ヌチグスイを出せ」


「……うん?」


 指示に驚きながらも、胸元に仕舞った首飾りを取り出す。青の濃淡も鮮やかな、海の色をした宝石は人工的な光の下でも、きらきらと輝く。


 ユルも自分の首飾りを取り出す。星の散る、夜空の色をした宝石。


 ユルはククルに近付き、少しかがんで、両方の宝石を重ね合わせるようにして、手で握り込んだ。彼の手の中で、宝石が触れ合う。


 ふわりと、奇妙な心地がした。


 霊力セヂ同士が触れ合う、不思議な感覚。


 温かくて、切ない気持ちが湧く。泣き出したいような、反対に喜び叫びたいような――感情が交錯して混じる。


 言葉はなくとも、伝わる想いがあった。


 色々なことがあった。反発したけど、最後には手を取り合った。一筋縄ではいかなかった旅の行程、戸惑いながらも過ごした現代の日常が頭に渦巻く。


「オレの姉妹オナリ。祈りをくれ」


 請われ、ククルは頷く。


「私の兄弟エケリ。あなたに祈りを」


 永久に、我が霊力があなたを守ってくれますように――。


 二人はどちらともなく離れた。


「もう、搭乗口行かないと……。ククル、またな」


 ユルは微笑み、背を向けてしまった。あっという間に彼は人波に呑まれ、ゲートをくぐる。


「……ユル」


 ぽつり、名前が零れ落ちる。


「待って、ユル! いやだ、嫌だよおおっ!」


 走り、泣き叫ぶ。


「ククルちゃん! だめよ!」


 後ろで見ていたのか、伊波夫人がククルを抱きすくめて留める。


 聞こえていないのか、ユルは一度も振り向くことはなかった。


 涙を流し、床にへたり込む。


(どうして、離れようとするの)


 結局、彼は嘘をついたまま、行ってしまった。








 神の島に帰ったあと、ククルは夕焼けで赤く染まる浜辺に立ち、海を眺めていた。水面は金色こんじきに輝いている。


 もう、ユルは大和に着いた頃だろうか。


 強い風が吹き、白い着物をあおった。髪を抑えながら、ククルはすうっと息を吸う。


 大和の海はどんな色をしているのだろう。……きっと違う色だろう。ニライカナイには、つながっていないだろう。


 しかし、海と空を通して彼に祈りが届くと信じて――ククルは手を合わせ、祈りを捧げた。





第二部 八重山編 完結 大和編につづく




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