第五話 投影 6



 大道具を解体し、ゴミを分類して、その後は下に持って行って担当の教員に任せた。


「疲れたねえ……」


 校門を出たところで、ククルはため息をつく。


「うん。結局、片付けは私たち二人だけだったね。みんな、打ち上げ行っちゃったかな」


 薫は苦笑していた。しばし待っていたが、他に誰も来なかったのだ。


「そうだね。盛り上がってるだろうな」


「ククルちゃん、行きたかった?」


「ううん……。むしろ行きたくなかったから、口実あって助かったよ。あ、そうだ。薫ちゃん。恋人同士の事故、今年はあったのかな?」


「あー、誰だっけね。三年生のカップルが階段踏み外したとか聞いたよ」


「……そっか」


 ククルが見つけるまでに、悪さをしていたのだろうか。


「でも、今年は一組だけだったからいい方なんじゃないかな」


「ん? いつもは複数出るの?」


「そうだよ。二・三組ぐらいはね……。それでもカップルで周る人は絶えないんだから、みんなすごいよね。ククルちゃんと雨見くんは大丈夫だった?」


「うん。私とユルは平気だった」


 そもそも恋人同士じゃないし、と呟いたところでククルはふと足を止めた。


「ククルちゃん?」


「……もしかして」


 あの魔物マジムンは、複数いたのではないだろうか。そうだ、舞台に出た魔物と屋上にいた魔物が同一だったとは、限らない……。


 そして、ククルは青ざめた。


(私が初めに止めた魔物は、ユルを狙った。あの時、ユルは舞台に上がっていた)


 誰かが、舞台に上がっているユルにわずかなりとも悪意を抱いていたのだ。


 もし、あの魔物がまた同じ人の感情を受けて、黒く変化したら。


 ユルが、危ない。


 ユルは天河ティンガーラを持っている。大抵の魔物は斬り捨てられる。しかし、ククルは妙な胸騒ぎを感じていた。


 こういう時、直観に逆らってはならない。霊力セヂが教えてくれているのだ。


「ごめん、薫ちゃん。打ち上げって、どこでやってるかわかるかな?」


「打ち上げ……? カラオケって言ってたよね。ここらへんでカラオケって言ったら……」


 薫は詳しい道と店名を教えてくれた。


「でも、どうしたの?」


「ユルに、言わないといけないことあったの忘れてたの。急ぐから、行くね! 今日はお疲れ様!」


「う、うん! またね!」


 呆気にとられる薫に手を振り、ククルは駆け出した。








 めんどくせえなあ、と思いながらもユルは周りを見渡した。


 結構な人数が参加していて、カラオケで一番広い部屋だと店員が太鼓判を押していたこの部屋も、いささか狭いぐらいだ。


 今回の演劇で主役を務めた新垣は、打ち上げでも仕切っていた。


 鞄の中で携帯が鳴っていることに気付き、「悪い」と隣の男子生徒に断ってから、鞄ごと持って部屋を出た。


 廊下に出て、鞄から取り出した携帯を確認する。着信は、ククルの携帯からだった。長く鳴っていたらしく、もう切れている。


 あいつが携帯を使うなんて珍しい。全く使いこなせていなかったのに――電話をかけられるぐらいにはなったんだな、としみじみ思ってしまう。


 かけ直したが、『おかけになった電話番号は、電源が切られているか電波の届かないところに――』と無機質な音声が応じるだけだった。


 何なんだ一体、とユルは舌打ちする。


「あ、雨見くん」


 廊下の向こうから、女子生徒がやって来た。


「どうしたの?」


「……電話してただけだ」


 ユルは気まずさを感じながら、簡潔に答える。


 彼女は、いつぞやの告白大会で告白して来た女子だ。断った手前、話し辛かった。


 あの時の気まずさといったら、なかった。周りのみんなは、ユルが頷くと期待していたらしい。何でだよ、と思うが――なぜか脈ありと思われていたらしい。


「ちょうどよかった。少し、話したいんだけど」


 そう言う彼女の目は、どこか澱んでいた。しかし断るわけにもいかず、ユルは頷いた。








 ククルは携帯が電池切れになったことに落胆し、足を速めた。


 そうだ電話すればいいんだ、と気付いたのはいいが、充電するのをすっかり忘れていたので、ユルにつながる前に切れてしまった。


 ククルにとって、現代文明の機械は奇々怪々である――洒落ではない。特に携帯電話というのが、さっぱりわからない。どうして遠くの人と話せるのか、手紙が送れるのか、あまつさえ“いんたあねっと”という謎の機構につながるのか。


 それでも、ユルはこれの使い方を熱心に教えてくれた。緊急の時、役に立つからと。電話だけでいいから、使えるようになれと。


『難しいことは考えるな! 手順を覚えろ。登録しといてやったから、通話ってのを押してこれを押せ。オレの携帯につながるからな。これだけでいいから、覚えろ』


 その指導あって、無事ユルに電話することができたのに――電池切れで役に立たないとは。


 ククルは自分に呆れながらも、走り続けた。




 ククルは、教えてもらったカラオケの店に飛び込んだ。いまいちカラオケというのが何かわかっていないが、気にしている暇はない。


 店員に「いらっしゃいませー」と声をかけられる。


「あ、あのっ……高校、の……」


「ああ、高校の団体さん? 105号室だよ」


「ありがとうございます!」


 礼を述べ、ククルは教えられた部屋に急ぐべく、廊下を走る。すると、ククルは目の端で人影を捕らえて足を止めた。横にある階段の空間で、ユルと女生徒が話をしていた。


「ユル!」


 叫ぶと、ユルがククルの方を見る。


「あれ、お前来たのか。……松田、じゃあオレ……行くから」


 ユルは気まずそうな口調で女生徒に告げて、ククルの近くにやって来た。すると、松田の背後に何か黒い気が立ち上った。憎悪の眼で、ユルの背中を見つめている。


「ユル、危ないっ!」


 ククルがユルを横に突き飛ばすと、目標を失った黒い鳥はククルの首をかすめ、鮮血がほとばしった。


「いたっ!」


「……ククル!」


 ユルは慌てて、倒れたククルの体を受け止める。


「え……? な、何で。あたし、何もしてな……」


「くそっ。おい、誰か呼んで来てくれ!」


 ユルが怒鳴る声を聴きながら、ククルは薄れ行く意識の中、目を閉じた。


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