第五話 投影 4
片づけを終え、ククルは教室に向かった。薫は部活の方に行ってしまったので、途中で別れてしまった。
戸に手をかけたところで、話し声に気付く。
「和田津って、変だよな」
ぎくっ、としてククルは動きを止める。
「んー。鳥がいたんだっけ? でも、客席にいた友達に聞いたけど、鳥なんて飛んでなかったらしいぞ」
「怪しいよなあ」
男子生徒が、そう小さくもない声で話し合っている。
「雨見は、何であんなに庇うんだ?」
「親戚だから、放っておけないとかだろ」
彼らの口ぶりで、ククルが嘘つきだと思われていることが、嫌でもわかってしまう。
ぎゅうっと、胸が痛む。
入り辛い。こんな話をしているということは、ユルはまだ教室に帰っていないのだろう。着替えがあるから、もう少しかかりそうだ。
(どこかに行っておこうかな……)
ククルがくるりと振り返った時、すぐ後ろにいたらしい美奈と目が合った。
「……」
彼女はククルに視線も寄越さず、教室に入って行ってしまった。
(……嫌われたかな)
美奈とは気まずい関係ではあったが、嫌われている感じはしなかった。色々教えてくれた恩もあり、ククルの方はいつかまた話せたらと思っていたのだが。
そのまま佇んでいると、後ろから声がかかった。
「……どうした?」
ユルが、主役を務めた男子と一緒に立っていた。
「う、ううん。今、教室に入ろうかと思って……」
「ふうん」
ユルは首を傾げつつも、手を伸ばして戸を開いた。ククルは彼の背に隠れるようにして、続く。
特に何も言われなかったので、ホッとしてククルは自分の席に行って鞄を持ち上げた。
ユルと一緒に文化祭を回っていると、気が紛れた。
屋台で売っている食べ物は、どれもおいしそうだ。生徒が少ないため、地元の人たちや教師も、店を出していた。
イカの姿焼きを頬張りながら、校庭を歩く。ユルはとっくに食べ終わったらしく、ごみ箱に串を投げていた。
(ほんとに、男女で歩いてる人少ないなあ)
やはり、あの迷信を信じている人が多いのだろうか。それとも単に、囃し立てられるのが嫌なのだろうか。
実際、ククルとユルも「そこのカップル!」と屋台から何度か呼びかけられたという。
ユルには、屋台を見回りながらあの迷信も話しておいた。
「今のところ、現れないな。お前が舞台で捕まえたっていう、魔物と関係あるのか?」
「……うーん、どうだろ。無害そうに見えたから、あの子は舞台のユルの
ククルは答えた後、むぐむぐとイカ焼きを齧った。
「あの子、どこか行っちゃったからなあ……」
「何で、オレが舞台に上がると魔物がやって来るんだよ」
ユルは不服そうだった。
「ユルの霊力が上がるからだよ。前と同じ。今回は舞じゃなくて劇だったけど、演劇も舞と同じく奉納の意味合いも強いでしょ。それに、舞台ってある意味特殊な空間だからね。人でないものを呼びやすいの」
「……へえ」
ユルは感心したように、ククルを見下ろした。
「そういや、お前どっか寄りたいって言ってなかったっけ」
「あ、そうだ。比嘉さんの部活! まんが部に行きたいの」
「もう腹も膨れたし、屋台巡りはこのぐらいでいいな」
「うん。……あ、待って。あのワタアメっていうの買って来る!」
ククルが慌てて屋台に向かって走り出すと、その背に「食いしん坊」、とユルの呆れた声がかけられた。
漫画部の部室に顔を出すと、薫が手を振ってくれた。彼女の前のテーブルには、何冊も本が並べられている。
「うわあ、すごい。これ、部員さんが描いたの?」
「そうだよ。最新号はこちら。これとこれは、昨年度のやつね」
「全部買う!」
ククルは財布を取り出し、全冊購入した。
ちらっと後ろを伺うと、ユルは不思議そうな顔で展示された漫画原稿を眺めていた。
「そういえば、ククルちゃん」
「うん?」
「あのね……」
薫が声をひそめたので、ククルは彼女に顔を近づけた。
「演劇、結構評判よかったらしいの」
「へえ、嬉しいね」
「うん。……それで、敵役を演じた雨見くんいいねって何やら評判になってるみたい」
「え」
ククルは、ユルの方を見やる。彼には聞こえていないようで、相変わらず展示品を首を傾げつつ見ている。何がそんなに疑問なのだろう。
「主役の子じゃなくて?」
「うん……。ああいうのって、ライバル役のが人気出たりすることあるじゃない?」
あるじゃない? と確認されても、ククルにはよくわからなかった。
「やっかまれたりしないよう、気を付けてね」
「……それは大丈夫」
ククルは、薫の心配を一蹴した。ククルとユルが親戚で下宿先も一緒だと知っている人も多いはずだと、ククルは思っていたのである。
「まあ、ククルちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫なんだろうけど。お節介でごめん」
「そんなことないよ。心配してくれてありがとう。じゃ! 部活頑張って!」
ククルは薫に手を振り、「行こう」とユルの服の裾を掴んで部室から出た。
廊下に出て、ククルは首を傾げる。
「ユル、熱心に原稿見てたね」
「ああ……。何でこの男はこんな台詞を言うんだろう、とか疑問で仕方なくてな。あんなの、普通言わないぞ」
「少女まんがは、夢の世界だからいいんだよっ」
夢を壊すようなことを言わないでほしい、とククルは頬を膨らませた。
「大体、それってユルの意見でしょ? ああいう台詞を言う男の人だっているかもしれないじゃん!」
「いたとしても、西欧人だろ。少なくとも、琉球の男や大和人は言わないはずだ」
「もー! 夢を壊さないで!」
わあわあ言い合いながら歩いていると、前から団体がやって来た。端に寄ってやり過ごそうとしたところで、声をかけられる。
「あ! 二年の演劇やってた子じゃない?」
派手な印象の女生徒が、ユルに話しかける。
「……そうだけど」
ユルは面倒くさそうに返事をしていた。
「あの役、すごくよかった!」
「殺陣、上手だった!」
と、他の女生徒も加わりユルを褒め称える。他の生徒もどんどん加わっていく。
女嫌いなユルにとっては、辛い展開ではなかろうか、と思いながらククルはぽつねんとして待つ。
「……あ」
ふと、一人がククルに気付いたようだ。
「あなた、舞台に飛び出した子よね? あれって事故か何かでしょ? 一人だけ制服だったものね」
くすくす笑われて、ククルはいたたまれなくなる。
「……」
どう言い訳すればいいのだろう。
「ユル、ごめん。屋上行ってる!」
それだけ言い残して、ククルは走り出した。返事も聞かずに。
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