第五話 投影


 文化祭の季節がやって来て、ククルはわくわくしていた。


「お祭りかあ」


 文化祭はなぜかよく少女漫画に出て来るので、現代文化に疎いククルもどんなものかは漠然とだが知っていた。


 ククルのクラスは、演劇をやるらしい。


 主役は立候補で、お調子者の男子生徒に決まっていた。ヒロインは推薦で、金城きんじょう美奈に決まった。


(……あの子か……)


 たしかに華のある美人だし、ヒロインにはぴったりだろう。


 劇の内容は、古い琉球の民話を使うらしい。ヒロインをめぐり、男性二人が勝負するといったものだ。主人公は漁師で、敵役は士族。漁師の方が、神の加護を得たために勝負に勝つと言う話だ。


「敵役には、雨見くんがいいと思います! この前、神の島のお祭りで二才ニセー踊りを披露してた時、刀を振り回してたから、殺陣たてができるんじゃないでしょうか!」


 女生徒の一人が手を挙げ、ユルを推薦した。


 ククルはぎょっとしたが、前の方に座っているユルの表情は見えない。でも多分「めんどくせえ」と思っているだろう。


「雨見ー、やろうぜ」


 主役の少年に誘われ、ユルはため息をついていた。


「わかったわかった」


 どうやら、断る方が面倒だと判断したらしい。かくして、主要な役三人はあっという間に決まった。


(まあでも、ぴったりだよね)


 士族の青年といった役割は、ユルにふさわしいだろう。昔ながらの剣術も使えるし、ユルにはどことなく一般人と違う雰囲気がある。……実際、士族よりも偉い王族だったのだし。


 そういえば、とククルは思い出す。この民話は昔から有名だったのでククルもよく知っているのだが、ティンはこの民話が嫌いだと言っていた。


『神の力で全てひっくり返してしまうなんて、ズルもいいところじゃないか』と、零していた。


 ククルと共に兄妹神の力を使うティンが、どうしてそんなことを言ったのか……今ならわかる気がした。ククルも、神々に振り回されたからこそ。




 ククルも何か役をする――なんてことはなく、余っていた大道具係をやることにした。友人の比嘉薫も一緒なので、心強い。


 早速翌日から大道具の作成が始まり、ククルは放課後残ることになった。ユルは役の練習をしないといけないので、別々に帰る日々が続いた。


 他の大道具係はやる気がないのか、「当日必ず手伝う」という言葉を残してさっさと帰ってしまった。ククルも薫も強く言えない性格なので、そんな人たちを黙認して二人だけで作ることにした。


「まあ、そんなに作るもの多くないしね。間に合うよね」


「そうだね」


 薫もククルも気楽なものだった。


 そんな日々が過ぎ、文化祭一週間前になった。相変わらずククルと薫は、空き教室でおしゃべりしながら道具を作成していた。


 設計は全て薫がしてくれた。漫画部だけあって、薫は絵がうまい。


 床の上に敷いたシートの上に座って、草を模した物体を緑のペンキで塗っていると、からりと戸が開いた。


「ああ、ここにいたか」


「あれ、ユルだ。練習は?」


「今日はもう終わりだとさ。大体、体裁整ったからな」


「はあ」


 そういうものなのか、と納得しながらククルは近付いて来るユルを見上げる。


「どうしたの?」


「……それ、間に合うのかよ。っていうか、何で二人だけなんだ」


 ユルは渋い顔をしていた。ククルは、ユルに大道具係が二人しか作業していないことは、言っていなかった。言えば、クラスメイトを怒鳴りつけてしまいそうだから、黙っていたのだった。


 案の定、ユルの声から怒気が滲んでいる。


「え、ええと。集まりがあんまり、よくなくて。でも当日は大丈夫だよ。ね、比嘉さん」


「うん。多分……」


 薫の目が泳いでいた。


(もしかして)


 ククルは手際が悪かったし、薫の想定以上に進みが悪くなったのかもしれない。薫が最初に間に合うと言っていたので、ククルはすっかり安心して進捗を疑問に思う暇もなかった。


 でも、たしかに今できあがっている大道具は半分ほどだ。あとは色塗りだけだが、これが意外に時間がかかるのだった。


 ククルと薫が顔を見合わせていると、ユルは呆れたようにため息をついた。


「お前らなあ。……どうせ強く言えないからって、黙認してたんだろ」


 正解だったので、ククルは小さく頷いた。


「オレから言ってやろうか?」


「……いいの、雨見くん。私が、進行状況を見誤ったせいもあるから。私から言う」


 ここで薫が口を開いたので、ククルは驚いてしまった。


「……それなら、いいけど」


 ユルは鞄を床に置いて、ククルの隣に座った。


「今日はオレが手伝ってやるよ。何すればいい?」


「これを塗ってくれると――」


 二人のやり取りを見守っていると、いきなりユルに睨まれた。


(あれ、怒ってる)


「何でお前、オレに黙ってたんだよ。大変なら言えよ」


「ま、待ってよユル。私、ちゃんと間に合うって聞いたから……」


「そういう問題じゃねえだろ」


「だって――ユルと級友が揉めるのは、よくないかなって思って――」


 ククルはうつむいた。


 ユルは喧嘩っ早いところがあるし、サボっている生徒に食ってかかりそうだ。せっかくクラスに溶け込んでいるのだから、ククルのせいで立場が悪いことになってほしくなかった。


「そういうところが、むかつくんだよ」


 鋭い声で言われて、ククルは身を竦ませた。


「雨見くん、やめて。私が、和田津さんに雨見くんには言わないでって頼んだの。……私、人見知りだし、たくさんの人と作業するのは得意じゃないから……二人だけの方が、都合がいいと思って」


 薫の言に、またもやククルは驚いてしまった。もちろん、ククルは薫にそんなことは言われていなかった。


「――ふうん」


 ユルは拍子抜けしたように、目を細めた。それで少し、空気が和らぐ。


「あ、ごめん雨見くん。よかったら、美術室に行って取って来てほしいものがあるんだけど……」


 と、薫はユルに頼み事までしていた。ユルは一つ頷いて、一旦教室を出て行ってしまった。


「……比嘉さんありがとう……。庇ってくれたんだね」


「うん。――緊張したあ」


 どっと力が抜けたようで、薫は胸を撫でおろしていた。


「緊張? ユル、怖い?」


 たしかにさっきはククルに対して怒っていたので、怖かったけれど。


「だって、一度も話したことなかったんだもの」


「そうだっけ!?」


「私、男子って苦手で……」


 薫は恥ずかしそうに笑っていた。


「それに、雨見くんってちょっと近付き難いっていうか。和田津さんと仲いいのは、もちろん知ってたけど」


「うーん。ユルは――さっきはたしかに怖かったけど、いつもはあんなんじゃないよ。むしろ結構、優しいところあるよ」


 へへっと笑って、ユルの擁護をしてみる。


「噛みついたりしないし」


 狂犬に対するような、言い方をしてしまった。ユルが聞いたら怒るだろう。


「あはは。……怖いっていうんじゃないよ。なんていうんだろう。別世界の人? みたいな」


 薫の言葉に、ククルはぎくりとした。


 ユルもククルも、本当はもっと昔の時代の人間だ。それに、神の血を濃く引く。別世界の人、というのは言い得て妙だった。


「士族の人の役やるの、ぴったりだよね。立ち姿も綺麗だし、殺陣もできるし。……それに、不思議な華があるんだよね」


「華――かあ」


 ふと、初めて会った時のことを思い出す。ユルはあの時、流れ着いたといった体で、ひどい身なりをしていた。でも、その目を見た時に、ククルは息が止まる心地がしたものだった。


 本当に、夜空のような目。力のある目だった。


「わかるなあ、それ」


 彼には、どこか、人を惹きつけるものがあるのだ。深く心に刻まれる、存在感を持っている。


「ねえ、比嘉さん。私もユルみたいなところある?」


 ククルの質問に、薫は困ったようだった。


「えっ。う、うーん。雨見くんとはちょっと違うかな」


「……そっか」


 少し、しょんぼりしてしまう。ユルと同時代に生きて、神の血を引くので、条件としては似ているのだが。


(やっぱり、半神と違うってことかな)


 ティンを思い返す。たしかに彼にも華があった。


 先祖返りとはいえ、やはり自分は普通の人間に近いのか――と考える。


 それとも、神の血は関係なくてただの性質――資質なのだろうか。


(そっちの方が、納得かなあ)


 神の血が全く関係ないわけではないだろうけど、持って生まれた一種の才能なのだろうと考えると納得がいった。


「雨見くん、告白大会で告白されてたし、もてるのも納得っていうか……」


 薫の言にククルは思わず作業の手を止め、顔を上げた。


「こ、告白!?」


「……うん。あ、そっか。和田津さん、修学旅行欠席だったよね……」


「うう、思い出させないで。そうなんだよね――。ああ、あの修学旅行で告白大会とか色々出し物するって言ってたものね」


 誰が参加するんだろう、と疑問に思っていたが――まさか、ユルが告白されているとは!


「雨見くん、言ってなかったんだ?」


「うん。まあ、言うような性格じゃないし」


「それもそうか」


「そ、それで返事はしてたの?」


「ごめん、って断ってたよ。雨見くんに告白した子以外は告白成功してたから、ちょっと気まずそうだったね」


「うわあ」


 ククルは思わず、想像してしまった。……すごく、気まずそうだ。


「告白した子って、もしかして金城美奈さん?」


「へ? ううん、金城さんじゃないよ。松田さん」


 美奈は、ユルに惚れたとかでククルに協力を頼んで来たことがある。それで、てっきり美奈に告白されたのかと思っていたら、別の子だとは。


 何を勝手にもてているのか、とククルは理不尽なことを思ってしまう。


「松田さん……かあ」


 ククルは必死に級友の顔を思い出そうとした。


「前の方に座ってる、髪の短い子だよ」


「ああ!」


 薫の説明で、誰かわかった。明るい性格のスポーツ少女といった体で、クラスの人気者だった。男女問わずに誰とでも喋るので、ユルともたまに喋っていたはずだ。


「う、うわあ。それ、周りも本人も、絶対告白成功するって思ってただろうね……」


 そもそもそんな公開性の告白、成功する自信がなければ参加しないだろう。


「うん……。まあでも、雨見くんには和田津さんがいるからなあ、って私は納得したけどね」


「え、私?」


 きょとんとしたところで、教室の戸が開いた。ユルが帰って来たらしい。


 ククルと薫は示し合わしたように口をつぐみ、「おかえり」とユルを迎えた。

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