第四話 幽霊 5



 長い祝詞を終えると、幽霊の姿は消えた。ぱきん、と簪が割れる。


「あーあ」


 残念だったが、仕方ない。それに、いくら綺麗な簪でも、あの事情を聞いた後に着ける気は起きない。このまま、燃やすのが一番いいだろう。


「……はあっ」


 大きな息と共に、ユルが顔を上げた。顔色が、平時のように戻っている。


「ユル、よかった!」


「……死ぬかと思った」


 ユルは汗ばんだ額を腕で拭い、ため息をついていた。


「死にかけてたんだよ、実際。もう平気?」


「ああ――。悪いな、ククル。まさか土産に悪霊が憑いてたなんて」


「仕方ないよ。多分、あの簪はユルを引き寄せたんだと思うし」


「そういうことかよ。……簪、割れたのか」


「うん。この簪は焼こうと思う」


「それがいいな」


 ユルは突然立ち上がり、机に向かった。


「……土産。渡そうと思ってたんだが、その前に寝込んじまった」


「あ、うん」


「ほら」


 ユルは土産を抱えて、ククルに渡してくれた。


「ありがとう! わー。このぬいぐるみ、やっぱりかわいい」


「それ買うのが、一番恥ずかしかった」


 思い出したのか、ユルが苦虫をかみつぶしたような表情になる。その表情が面白くて、ククルは思わず笑ってしまった。




 翌日、すっかり元気になったユルは土産話を色々と聞かせてくれた。


 伊波のおじさんに借りたパソコンに、デジタルカメラで撮った写真データを取り込み、二人で眺める。


「ふわあ、ここが大和かあ」


 トウキョウの街並みは驚くほど都会だった。琉球の首都ナハも目じゃないほどの規模の街なのだろう。


 ミッチーランドは、本当に夢の国のような、楽しそうなところだった。


「……」


 思わず涙ぐんだククルを見て、ユルが慌てる。


「ま、またいつか行けばいいだろ」


「……うん」


 ぐすっと鼻をすすり、写真を見て行く。


 ミッチーマウスに肩を組まれたユルが写った写真があって、思わず笑ってしまった。ユルが嫌そうな顔をしているところが、何とも笑いを誘う。


「あっはっは。ユル嫌がりすぎ!」


「うるせえな。この鼠の着ぐるみを写してたら、クラスの奴らに“一緒に撮ってやる”って言われて、半ば無理矢理撮らされたんだよ」


「この写真好きだなあ。……ね、この写真って印刷できるの?」


 できれば手元に置いておきたいほど、気に入った。


「オレはやり方知らないけど、おじさんかおばさんに聞いてみたらできるだろ」


「そっか。あとで聞いてみよっと」


 ククルは気をよくして、写真を見て行く。


 ちらっ、とユルの方を見る。昨日まで寝込んでいたのが嘘のように、ユルは元気だった。


(よかったよかった)


 安堵して、写真に意識を戻す。


 随分たくさん撮って来たようだ。ユルが出先で写真を多く撮る性質だとは思えないので、ククルに見せるために頑張って撮ってくれたのだろう。


 そう思うと、じんわり心が温かくなった。


「……ああ、そうだ」


 ふと思いついたように、ユルは立ち上がって鞄をごそごそ漁り始めた。


「これ、土産っていうかおまけでもらったんだけど、お前にやるよ。簪だめになったし、これで勘弁してくれ」


 ユルがククルに差し出したのは、透明な袋に入ったヘアピンだった。桜の飾りがついている、薄紅色のかわいらしいものだった。


「わ、かわいい」


 感動してから、ククルは我儘を言ってみることにした。


「着けてー」


「はあ?」


 案の定、ユルの反応は芳しくなかった。だが、すぐに袋の口を開ける。


 あれ、と口に出す間もなく、ユルの腕と顔が近付く。ぱちん、と音がして少し頭皮が引っ張られる心地がする。


「ほらよ」


「……ありがとう!」


 急いで立ち上がり、姿見を覗いてみる。


 桜色のピンが、ククルの茶色い髪に栄えていた。


「嬉しい! ありがとうね!」


 振り返って礼を言うと、ユルは呆れたように少し笑ってくれた。


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