第三話 祝祭 5
そして翌日。ユルの舞台が始まる前に、ククルとユタたちはそれぞれ位置について待機していた。ごった返す客の中に混じり、ほどほどに間を開けて
拍手が響き、ユルと他の舞手が舞台に上がった。
それぞれ位置につき、静止する。ユルは予告通り、天河を構えていた。ほの白く輝くその刀の美しさに、観光客はため息をついて見つめている。
(そもそも、来るのかな)
ククルはそわそわとして、落ち着かなかった。
それに、踊りながら魔物を斬るなんて芸当ができるのだろうか。二才踊りは派手な踊りだし、この祭りでは古典に改良を加えて更に早く激しい振付にしてある。誤魔化せないこともないだろうが……とククルは首を傾げる。
音楽が始まり、舞が始まった。昨日とは正反対の、雄々しい青年の衣装を身にまとったユルは、だんっと舞台を蹴った。高い跳躍に、観客が湧く。
杞憂だったようで、舞台に惹かれるようにして魔物がやって来た。
「来た!」
ククルはじっと、魔物の行方を見守った。
ユルにも見えたようで、彼は器用に舞の放物線を崩すことなく魔物を斬り払った。
ぎゃ、という悲鳴と共に魔物が裂け、その中から人の姿が現れ……観客の中に落ちる。
「ここは私が!」
近くにいたククルはイチマブイに近付き、呆然としている彼の手を引っ張った。
観客の中から抜け出し、後方で待機していたユタに彼を任せる。ここには結界を張っておいたので、魂は入ることはできても逃げられない。
ククルは踵を返し、また観客の中に帰る。
またユルが一匹、斬り払ったところだった。近くにいたユタが、落ちて来たイチマブイを回収している。
(急がなくちゃ!)
イチマブイに逃げられる前に、捕まえなくては。
また一匹、斬り払われる。
ククルは足の痛みをこらえながら、走った。
舞が終わり、演者が一礼すると拍手が響き渡る。
その間に、ククルは魂を落としたと思しき人の腕を引っ張った。他のユタもそれに続く。
結界の中に集められたイチマブイを見て、彼らは呆然として……いなかった。彼らにはイチマブイが見えないようだ。
「はいはい、ちゃっちゃとやりますよ」
ユタが、一人ひとりの口に食べ物を入れる。その食べ物は――現代風にチョコレートだった。
チョコレートが飲み込まれていくと同時に、マブイが消えていく。
ククルは直接、イチマブイを本人に向かって押した。すうっと、イチマブイは体に帰る。
ククルと他のユタでやり方が違っていたが、これは時代の差なのか地域差なのかはよくわからなかった。
だが、ユタの一人は感心したようにククルを讃えた。
「さすが、神の御血筋。
「……そ、そうなのかな?」
戸惑いつつも、ククルはもう一人に
「これで終わり、っと」
魂を奪われていた人たちは、きょとんとしてククルやユタたちを見渡した。
「あの……?」
「あ、おまじないしただけです。すみません。舞台また始まりますよ」
ククルが誤魔化すと、彼らは不思議そうな顔をしながらも観客の中に戻って行った。
「これで一安心。ありがとうございました、皆さん!」
ユタに頭を下げ、ククルは晴れ晴れとした表情で笑った。
夕方に、神事が行われた。
白い着物に身を包んだククルとユルは、島中の御嶽を周り、祈りを捧げた。
「足、大丈夫か?」
歩いている最中、ユルが心配そうに尋ねて来た。
「うん、平気」
強がってみせたものの、魂込めで無茶したせいもあり、痛みは強くなっていた。しかし、こうやって厳粛に歩いているのも、神事の一つである。運んでもらうわけにも、足を引きずるわけにもいかなかった。
(あと少し、頑張れば……終わる)
道端に立つ島人の老人が「ありがたや」と拝んでいる。ククルは彼に微笑みかけ、歩を進めた。
観光客がカメラをこちらに向け、フラッシュを炊いた。
「写真は禁止だって言ったろ!」
ユルが怒鳴り、観光客の男が逃げ出しそうになる。彼はあっさりと、島人の若衆に取り抑えられていた。
フラッシュの光が眩しくて、ククルは何度もまばたきをする。
「おいっ」
目に意識を取られたせいか、転びそうになって前のめりになる。幸い、すぐにユルが腕を引いて支えてくれた。
「お前、足ひどくなってるだろ」
「……うん。応急処置、したんだけどね」
舞台が終わった後、ククルは公民館で手当てをしてもらった。だが、焼け石に水だったようだ。
はあ、とユルはため息をつく。
「あと二か所だ。いけるか?」
「うん。頑張る」
ククルは前を見据えて、言い切った。
なんとか神事も全て終え、夜に公民館で宴会が開かれた。
「ふはあ、ホッとしたあ」
缶ジュースをあおって、ククルはほうっとため息をつく。もう一度包帯を巻き直してもらったので、足首の痛みもましになっている。
「……ま、お疲れ」
隣のユルが苦笑しながら、缶ジュースを掲げたので「うん! ユルもお疲れ様だね!」と言って乾杯の形を取った。
さっき村長が長々とした口上と兄妹神へのお礼を述べた後に乾杯したので、二回目の乾杯となった。これは、ククルとユルが互いに労う――といった形の乾杯だ。
宴会のお約束、ということで早速三線が奏でられて歌が始まる。既に酔ったおじさんが陽気に踊り始める。
「あれ、ユルも練習した曲だよね」
「そうだな」
その言葉を聞きつけたのか、近くに座っていたおじさんが声を上げた。
「おお! そういえば、ユルくんは三線が得意なんだってね! 是非、聴かせておくれ!」
「えっ」
ユルは戸惑っていたが、島人の熱い要望を断れなかったのか、演奏する羽目になっていた。
いつの間にか三線以外の楽器も揃えられて、軽い演奏会のようになっている。
「やっぱ、こういう場には……あの曲で行こう」
高良のおじさんが、ユルと他の楽器の演奏者に耳打ちする。
皆が見守る中、三線の音が響く。陽気で拍子の早い前奏の後、ユルが歌い出す。
期待されすぎて緊張しているかと思ったが、そんな様子は見せなかった。
「わーっ」
ククルも、練習で何度も聞いた曲だった。現代の琉球曲の中でも、特に盛り上がる曲だ。ククルは拍子に乗って、手を叩く。
宴会は大いに盛り上がり――島人は踊り、歌い、騒いだ。
そうして夜は更けていった。
「ククル」
揺り起こされて、ククルは目を開く。
「うん……?」
ぼうっとして、周りを見渡す。大人たちはまだ飲んでいる人もいたが、酔いつぶれている人も目についた。子供はもういない。
ククルはいつの間にか、眠ってしまっていたようだ。
「オレたちも引き上げるか。もう夜も遅い」
「うん、そうだね」
ククルはユルの手を借り、よろよろと立ち上がった。
「おぶってやるから、オレの背中乗れ」
「……うん。ありがとう」
強がっている余裕はなかったので、有難くユルに背負ってもらう。
ユルとククルは、近くで真っ赤な顔をしていた高良のおじさんに「お先に失礼します」と言い残しておいた。
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