第十章 コジロウ

第57話 不審者

 夜が明け、コジロウは廃車の座席の下で目を覚ました。

 この町に来たばかりの頃は唯一安心できたこの空間も、家族が恋しくなってしまった今では、仮の棲家なのだという気持ちが強かった。


 早朝の空気を吸い、先に起きていたクロに声をかける。

 騒がしい肉屋と魚屋は定休日らしく、ハチが他の場所へ連れて行ってくれたが、あいにく満足いくだけの食事にはありつけなかった。そんな日もあるでやんす、とハチは言った。

 ガッコウはもう懲りたので公園に顔を出し、菊に挨拶をする。ドロは相変わらず人間を毛嫌いしていたし、ボロは未だに自分の名前をしっかり覚えられないようだった。


 あと何日、こういった日が続くのだろうとコジロウはぼんやり考えた。

 お父さんの足音も、お母さんの話し声も、兄弟たちの笑顔も、寝床に敷かれていたお気に入りの毛布も、自分のためだけに用意されたカリカリも、ひとつひとつが懐かしく感じられた。


 まだ太陽が昇り切っていない時間、空き地の入り口に一台の車が停まった。

 中から降りてきた男を見た瞬間、コジロウの背中の毛が逆立った。男の体からにじみ出ている臭いは、「おぞましい」という感覚に臭いをつけたらきっとこんな感じだろうと思えた。


 男は手にしていた物をコジロウの前に置いた。

 それは夢にまで見た缶詰の餌だった。

 美味しそうな香りに、コジロウの胃がぐぅと鳴く。空腹のあまり、男に対する警戒も忘れてコジロウはふらふらと近づいた。


「やめろ!」

 クロが叫ぶのと同時に、男の手がコジロウの首筋をつかんだ。

「何するんだ!」


 突然のことに驚きながらも、コジロウは身をひるがえし、男の腕に爪を立てる。

 ずぶり、と爪が食い込む感触が確かにあった。

 男は痛がるどころか、にたあっと笑みを浮かべた。目が合い、コジロウの体は恐怖のあまり硬直した。


 その時、クロが男の足に噛み付いた。

「ぎゃああああ」

 男の悲鳴が響くと同時に、クロが叫んだ。

「走れ!振り返るな!」


 コジロウは弾かれたように駆け出した。

 景色が飛ぶように後ろへ流れ、ぐにゃりと歪む。恐怖で吐き気がした。身の毛がよだち、震えが止まらない。まるで悪夢の中に投げ込まれたみたいだった。

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