第50話 君だって

 薄闇の中、つくしの輪郭が楽しげに揺れる。


 その部屋は、四方を砂壁とふすまで囲まれ、ほとんど光の入らない場所だった。隣の部屋から差し込む明かりが、二匹の足元にぼんやりと影を作っている。

 どうやら二部屋をつなげた大広間になっているようで、色あせた畳の上には、奥の壁際までずらりと置物が並んでいた。


「なんだか物がいっぱいあるね」

 コジロウがそう言うと、つくしは振り返った。

「すごいでしょ。これ、全部猫の置物なんだって」

「へえ……」


 改めて部屋の中を見回す。

 置物は、色も素材も大きさもまちまちで、猫に見えるのもそうでないものもある。

 つんとすました猫に似た形のものもあれば、つぶれたガマガエルにしか見えないものもある。ふさふさしていると思えば猫の毛ではなく鳥の羽だったり、やたら目が大きくてぎょろっとしているもの、大きな水筒のようなもの、どこをどう見たら猫なのか、くびれも丸みもなく真四角ましかくで硬いものまである。

 人間のいう「猫」の定義がコジロウにはよくわからなかった。


「うちは猫が多いんですってね」

 どこで聞いたのか、つくしがそんなことを言う。

「うん。僕の家族はみんな人間で、猫は僕しかいないよ」

 コジロウがそう答えると、彼女は置物の隣にすまし顔で座った。

 そうすることで彼女もまたこの部屋の置物になろうとしているようだったが、コジロウにとってつくしはつくしにしか見えなかった。


「うちの飼い主は、猫を集める趣味があるのね。だから私たちもここに集まってきたんだわ」

 その言葉に、コジロウは嫌悪感を抱いた。

「僕たちは物じゃない」

 つくしの瞳が不安そうに揺れる。

「気を悪くしたのなら……その、ごめんなさい」

「君だって物じゃない」

 思わず声が強まる。


 恐がらせてしまったのか、つくしは視線を遮るように置物の裏側へ回った。少しだけ見えている彼女のしっぽの先が震えていることに、コジロウは気付いた。

「私の飼い主は猫をたくさん集めるのが好きなんでしょう。だったら、私もここに置いてあるものも同じだわ。何が違うの?」


 その問いに、コジロウは答えることができなかった。

 どうしようもなく哀しくて、心が押しつぶされてしまったように息が苦しかった。

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