第49話 忘れられちゃったのかと思ったよ

 老女の後をついて、いくつかの部屋を通り過ぎる。

 まだ慣れない場所に少しだけ緊張し、コジロウは彼女の側をぴったりくっついて歩いた。やがて最奥のふすまの向こうにたくさんの猫たちの姿が見え、コジロウはほっとした。


「あらあら、やっぱりモーはちゃんとここにいるわね」


 老女がそう言うので、コジロウもそちらへ目を向ける。元は何色だったのかわからないくらい色あせた座布団の上に、のんびりまどろむ牛斑模様の猫がいた。

 何かの見間違いじゃないかと思って目を凝らしたが、山のような巨体といい、大きな斑模様といい、最も快適そうな場所を陣取っていることといい、彼に間違いなかった。

 なんだったのかしら、と老女は首をかしげながら部屋を出て行った。


「どこから入ったんですか」

 コジロウが小声で尋ねると、モーはにやりとした。

「秘密さ」

「…………」


 いまいち釈然としないでいると、モーは太いしっぽを気怠げに動かした。

「ほれ、あいつらに声をかけてやんな」

 しっぽの示す先を見ると、そこにはむくれ顔のつくしが待っていた。その後ろにはれんげもいる。


「コジロウ、久しぶりね」

「うん、久しぶり」

「忘れられちゃったのかと思ったよ」

 つくしは怒ったような泣きそうな顔をした。

「……ごめん。僕の家族を探してあちこち歩いていたんだ」

「外を?」

「うん」


 すると、それまで静かに様子を見守っていたれんげが言った。

「あなたは外に出ることができるかもしれないけれど、私たちにはそれができないのよ。あなたが会いに来てくれなければ、私たちはずっと会えないの」

「……はい」

 モーから聞いた話を思い出し、コジロウは素直に頷いた。


 やはり、彼女たちは外に出るのを嫌がっているようだ。前回はつくしをたしなめていたれんげも、今日は妹の味方らしい。

 どう答えるべきか悩んでいると、意外なところから救いの手が入った。


「まあまあ。その辺で勘弁してやんな」

 いつの間にかモーがコジロウの背後にいた。

「だって、モー……」

 つくしは不満そうにしっぽで床を叩いたが、それ以上は何も言わず黙って床を見つめる。


「男には男の事情があるのさ。わかってやりな。それなのにお前らときたらよ、特につくしな、一時間おきに『今日コジロウは?』って聞いてきやがって。おちおち昼寝もできねえ」

「ちょっと、モーったら! なんでそんな話するのよっ」


 恥ずかしいのか、つくしはそっぽを向いてしまった。

 モーはというと、悪びれる様子もなくニヤニヤと彼女を眺めている。視線に耐えかねたのか、つくしは不意に立ち上がるとコジロウに言った。

「コジロウ、あっちへ行きましょ。いいものを見せてあげるわ」

「う、うん……」


 コジロウは言われるがままつくしの後を追った。

 そして、ふと思い出して振り返る。

「あ、モーさん。お招きいただきありがとうございました」

「おう」


 モーは短く返事をし、再び座布団の上に丸くなった。

 おそらくそこが彼の定位置なのだろう。そして、その場所を自分のものにし続けるためには、それなりの気苦労もありそうだとコジロウは学んだ。

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