第48話 俺は特別だからな

 屋敷に向かいながら、モーはコジロウに説明とも愚痴ともつかぬ話をした。


「つくしとれんげが会いたがってたぜ。コジロウはいつ来るのかってうるさいのよ。俺に聞かれても知らんっての。……おっと、言っとくが使いっ走りじゃねぇぞ。俺はあいつらのためにだな、一肌脱いでやったってわけよ」

「そうだったんですか。わざわざありがとうございます。でも、それなら遊びに来てくれればいいのに」


 コジロウがしっぽを揺らめかせると、モーは盛大な鼻息をついた。

「あいつらは外に出ないさ」

「どうしてです?」

「恐いんだとよ」

「恐い?」


 コジロウは初めて屋敷を訪れた日のことを思い起こした。

 つくしは、外から来たというコジロウを見て目を輝かせた。てっきり外が好きなのだとばかり思っていたのに。


「屋敷の連中は、外で酷い目に遭った奴ばかりだからな。外が……いや、正確には人間だな。人間のいる外が恐いのさ」

「酷い目って……」

「人間に捨てられただの、餌を喰わせてもらえず飢え死しかけただの、暴力をふるわれただの、大きな音で脅されただの、しつこく追いかけ回されただの、言い出したらきりがねぇや。どうしてこう一方的なのかねぇ。まあ、そのおかげで今の屋敷に引き取られたわけだがな。結局、俺たちを酷い目に遭わせるのも人間だし、俺たちを救うのも人間なのさ」


 コジロウは言葉を失った。

 思い返してみると、確かにあの屋敷には痩せた猫や傷のある猫が多かった。れんげとつくしだって、コジロウよりもずいぶん小柄だ。

 彼女たちが辿ってきた運命を思うと、コジロウは胸が痛んだ。


「そういや、道に迷って帰れなくなった奴もいるぜ」

 モーはからかうようにコジロウを小突いた、つもりだったのだろうが、山のような巨体に押されてコジロウはよろめいた。


「モーさんは外に出るんですね」

 どうにか体勢を立て直しながらそう言うと、モーは自慢げにふふんと鼻を鳴らした。

「おう。俺は特別だからな」



 玄関先に到着するなり、モーは声を張り上げた。

「おーい、客だぜ!」

 四、五回ほど呼ぶと、家の中からこちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。

 よしよし、とモーは呟き、くるりと巨体をひるがえした。


「また後でな」

「えっ……えっ?」


 コジロウが戸惑っているうちに、モーはさっさと姿をくらましてしまった。

 入れ違いになるように玄関の扉が開き、老女が顔を出す。


「あらあら、あなた確か、碁兵衛のお友達ね」

「先日はごちそうになりました」

 コジロウがそう言うと、彼女は不思議そうな顔をした。

「さっきのはあなたの声なの? モーにそっくりだったから驚いたわ」

「あれはモーさんですよ」

 コジロウはそう説明したが、彼女が理解をした様子はなかった。


「ごめんなさいね。今日のごはんはまだなのよ。でもよければ、中にお入りなさいな」

「はい。お邪魔します」

 コジロウはするりと家の中に入った。

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