第8話 「引っ越し」という概念について学ぶ
ハチの後をついて、コジロウは商店街の裏道を歩いてゆく。
夕陽は最後の輝きを放ち、ゆっくりと地面へ潜り込んでいった。それとほぼ同時に、商店街は一気に冷え始めた。
あれほどたくさんいた人間たちも今はまばらだ。
通行人の足取りを見れば、彼らがそれぞれの家へ帰ろうとしているのだということはコジロウにもなんとなくわかった。
カラスたちもねぐらへ帰るのか、カァカァと声を掛け合っているのが聞こえる。
襲われた時は恐い思いをしたが、今は彼らがうらやましくて仕方なかった。
とことこ歩きながら、コジロウはどうしようもなく寂しくなった。
「そういえば僕も、道がわからなくて困っているんでした。これだけ歩いても知っている場所に出ないし、知り合いにも会わないし……どうしたらいいんでしょうか」
そう尋ねると、ハチは振り返って問い返した。
「家はどのへんでやんすか? 近くに何があるとか、途中でどこを通るとか」
「…………」
コジロウは答えることができなかった。
ハチはさらに問う。
「お前さん、見たところ
「それは…………」
コジロウはいきさつを話した。
家族と一緒に車に乗って移動したこと。
着いた場所は見知らぬ建物で、偶然外に出てしまったこと。
外に出たらやはり知らない場所で、辺りを歩き続けているうちに道がわからなくなったということ。
ただ、三毛猫に脅されたという話は伏せておいた。
相手はおそらくまだ若い雌猫だ。小娘に怯えて逃げてきたなど、さすがに情けなさ過ぎて話すことができなかった。
一通り聞いた後、ハチはぽつりと言った。
「たぶん、『引っ越し』でやんすね」
「ヒッコシ?」
コジロウは首をかしげる。
そしてすぐに、最近家族たちが「ヒッコシ」という言葉をよく使っていたことを思い出した。
「なんらかの理由で
「確かに……」
コジロウは頷いた。
餌や寝床や居心地の良さなど理由はさまざまだが、
ということは、家族たちも何らかの理由があって元の棲家を離れ、新しい棲家に移動したのだろう。
お母さんの「新しいおうち」という言葉の意味にようやく合点がいった。
ハチはさらに続ける。
「ただし、人間の場合はね、猫の足では行けないような遠い場所に移ることも多いんでやんす。元の家や町に戻るのは諦めた方がいいかも」
「そんな……」
コジロウはうなだれた。
てっきり、少し頑張って歩けば家族や顔見知りの猫たちと会えるに違いないと信じていたのに。
見かねたように、ハチが言った。
「まずは腹ごしらえでやんすね。そうすればきっと元気も出るでやんすよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます