第2話 窓の外へ

 キャリーバッグから顔をのぞかせると、知らない建物の中だった。


 前足を床につけるとひんやりした。慣れ親しんだ畳の感触とはずいぶん違う。うっかりすると滑ってしまいそうだ。緊張で足の裏がキュッと縮まる。


「やっぱりフローリングはいいわねえ」

「前の家は、畳なんてボロボロだったものね」


 お父さんとお母さんはそんな会話をしている。

 二人の側を離れないように気をつけながら、コジロウはあたりを注意深く観察した。

 つるつるの床。たくさん光が入る大窓。丸い照明のついた天井。どれをとっても見慣れないものばかりだ。


 しかし、部屋の中に置かれている家具、たとえば椅子やテーブルやテレビなどについては、その大きさや形やにおいを、あるいは色あせ具合や傷のつき具合を、コジロウはよく覚えていた。

 見慣れない空間に馴染の家具が置かれている様子は、なんだか奇妙だった。


「そのうち、あの辺にキャットタワーでも置こうか」

「あら、素敵ね。私たちには家を、子供たちには部屋を、そしてコジロウにも居場所を、ってことね」

「そうそう」

 そんな会話をしていた二人の視線が、ふとコジロウに集まった。


「新しいおうちはどう?」

 どうと聞かれても答えようがないので、適当な返事をする。曖昧に応えておけば向こうが勝手に解釈するだろう。


 二階から兄弟たちの賑やかな声が聞こえてくる。

「やった! 今日から自分の部屋だ」

「よーし、かっこいい部屋にするぞ!」


 お父さんは満足気に微笑んだ。

「二人とも大喜びだね。前から自分の部屋を欲しがっていたからなあ」

「あなたが頑張ったおかげね」

「なんの。君の協力があってこそだよ」


 二人がそっと寄り添い始めたので、コジロウはその場から離れることにした。

 部屋の外に出ると、板張りの廊下が続いていた。

 明るい色調の木目はどこかコジロウの毛の色と似ている。滑らないよう慎重に歩きながら、もう少し爪が引っかかるといいのに、などと思う。


 壁際には大小さまざまな段ボール箱が積み上げられており、一番下の箱からは駅前商店街の八百屋のにおいがした。一段一段を目で追うように見上げてゆくと、段ボールの山頂のすぐ脇に小窓が見えた。


 差し込む光に、コジロウは目を細めた。

 静かに床を蹴り、一段目の箱に飛び乗る。足場を確保したら、また次の段にひょいと乗る。そうやって四、五段ほど登れば、あっという間に小窓と同じ高さに並んだ。


 窓枠に足を掛けると、細く開けられた隙間から外のにおいと音が流れ込んできた。

 もっとよく様子を見るため、窓の隙間に頭をねじ込もうとした途端――、

 回転窓がくるりと動き、コジロウの体は放り出された。


 あ、と思った瞬間。景色が変わった。

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