窓の外の猫たち

ハルカ

第一章 好奇心は猫をもさらう

第1話 こもれび踊る

 こもれびが踊ると、心も躍る。


 車のフロントガラスから飛び込んできた光たちが、座席の上を駆けてゆく。ある光はわらわらと、またある光はふわふわと。


 きっと彼らは気忙きぜわしい旅人なのだろう。コジロウの前足をすり抜け、すぐに次の場所へ飛び去ってゆく。

 コジロウは自分のしっぽを二、三度甘噛みし、光たちの行く先を飽きることなく目で追った。


 車は並木道を静かに走っている。

 冬が去り、ようやく空気が緩んできた中、木々たちは柔らかな新芽を灯し始めていた。

 後部座席からは、ヒアキとヨウジのはずんだ声が聞こえてくる。


「まず地図を貼って、それから、地球儀も置くんだ」

「でっかい世界地図?」

「もちろん! あと、本棚に図鑑をいっぱい並べて、棚の上には化石を飾ろう」

「じゃあ僕は、大きな棚と、箱がいっぱい欲しいな」

「いっぱいって、何を入れるの?」

「えっとね、塗料とか接着剤とか、カッターとかニッパーとか、筆とかやすりとかを、たくさん入れるんだ」

「じゃあ、作業台もあるといいな」

「作業台?」

「プラモデルを作る専用の場所だよ。そうすればもっと作りやすくなるし、パーツが勝手になくなったりしないよ」

「いいね! そうしよう、そうしよう!」


 ヒアキからの提案に、ヨウジが歓喜する。キャリーバッグの中にいても、二人の表情は伝わってくる。

 コジロウは、記憶を探るように二、三度まばたきをした。


 あれはまだ夏の暑さが残っている頃のことだった。

 ヨウジが「プラモデルの頭がない!」と大騒ぎをし、あちこち探し回ったことがあった。彼は家族に(とりわけ兄のヒアキに)パーツの行方をしつこく聞いたので、普段は仲の良い兄弟も、この時ばかりは大喧嘩になった。


 そのパーツがどうしてなくなったのか、今どんな状態でどこにあるのかをコジロウは知っていたが、残念ながらそれを伝える手段はなかった。


 コジロウがそんなことを考えているとは知らず、兄弟たちは「新しい部屋」について楽しそうに話している。


 もう一ヶ月も前から、二人はこんな調子ではしゃいでいた。そして、そのたびにお母さんが釘を刺すのだった。

「いろいろ置くのはいいけれど、あまり散らかさないようにするのよ」


 少し前なら「はーい」と声をそろえていた二人だが、最近はそうもいかない。

「自分で片付けるから、母さんは部屋に入ってこなくていいよ」

「僕も自分で掃除するもんね! だから入ってこないでね!」

 と、いっぱしの口をきく。


 お母さんも手慣れたもので、助手席で芝居がかった溜息をついてみせた。

「あらあら。本当かしらねえ」

 その時、運転席からお父さんがのんびりと言った。

「ジグソーパズルも良さそうだ」


 今度こそお母さんは本物の溜息をついた。

「もう、お父さんったら」

「いいじゃないか。君もシステムキッチンを喜んでいただろう?」

「そうだけど……」


 そう呟いたお母さんが呆れ顔から笑顔になるまでに、そう時間はかからなかった。

 コジロウには話の意味がよくわからなかったが、きっとこれから何か楽しいことが待っているのだろうなと思った。


 ふと見れば、またひとつ、光がシートの上を駆けてゆくところだった。

 芽吹き始めた木々に見送られながら、車は穏やかに走ってゆく。

どこまでも、どこまでも…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る