第46話:過保護な弟②

「それよりも、こんな街中で魔導をぶっ放す気か?」


 シンヤは刀をだらりと下げながら当然の疑問を口にした。仮にも王族ともあろう者が、皆が寝静まっている真夜中にド派手に魔導の花火を打ち上げるのは単刀直入に言ってテロリストと何ら変わりない。


「ご安心を。すでにここは結果の中。現実とは切り離された異空間。この中でいくら暴れようとも街を壊そうとも、解除すれば元通り。便利な魔導でしょう?」


「なるほど。そんなこともできるのか。本当に魔導は便利なものだ。羨ましい限りだ」


「こんな魔導、わざわざ覚えても使い道は限られていますけどね。ですが【魔導を極めし者スペルマスター】を目指している僕としては、そんなことは言っていられませんけどね」


「それで、この異空間の解除条件はあるんだろう?まさか術者を殺すまで出られないと言わないよな?」


「まさか。簡単ですよ。僕が任意で解除するか、もしくは僕に致命傷を負わせればそれで済みます。あくまで致命傷・・・です。僕が死ねば貴方はここから一生出ることはできません。だから、気を付けて下さいね?」


 つまり、シンヤはある程度加減をしなければいけないということになる。この生粋の魔導士である第三王子が体術に優れているとは思えない。多少の心得はあるかもしれないが、それを加味したところで全力を出せば確実に殺してしまう。


「僕を殺してしまうから手加減しよう、などとは考えないことです。僕は貴方を殺す気で行きますからね!」


 パシウムの背後に出現する無数の魔導陣。色は赤。属性は火。放たれる術式は下位の火の矢イグニスアロー。しかしその速度は風を斬り裂くほどの音速の領域。


 ―――星斂闘氣・とば口・止水―――


 ―――止水・第一位階・氷結―――


 とば口で到達するのは第三位階まで。その第一段階の【氷結】ではわずかな身体能力の向上だがこの程度の速度で飛来する火矢を弾くには十分。蒼刀によって明後日の方向に流れて地面に叩き落とされた矢は盛大な爆発音を発した。


「簡単に弾きますか。魔力もないのによくやりますね……ではどんどん行きますよ!」


 まだ展開されている赤い魔導陣が再び発光。その光度は先ほどより強く、放たれる魔導は先ほどと同じ火の矢イグニスアローだが今回は単発ではなく連続掃射。面で制圧する対軍魔導。


 一本、二本、三本。刀を振り続けるが矢と矢の間隔を微妙にずらしたり、威力も強弱がつけられているので見た目によらずやることが実に狡猾だ。被弾するようなことはないが、さすがに後退を余儀なくされる。


 ―――止水・第二位階・頞部陀あぶだ―――


 瞳が蒼天色に変化する。身体能力も上昇し、反撃に転ずる。


 ―――青蓮皸裂きせいれんあかぎれざき―――


 刀を縦に一閃する。前方の空間が一直線に凍り付いていく。それはさながら寒さによってひび割れて裂けたか手の甲に青い花を咲かせていくようだ。発射される火矢を問答無用で氷結させていき、それはやがて魔導陣にまで達した。凍り付いた魔導陣は、パキパキと音を立てて、砕け散った。


「魔導陣が凍結した!? そんな技があるなんて!? しかし―――!」


 パシウムの動揺はわずか。次に選んだのは緑色。風の属性を宿した魔導。不可視の真空の刃が乱れ打たれる。


 ―――繊麗結晶氷璧せんれいけっしょうひょうへき―――


 四方に出現させるのは六角形の氷によって作られた蒼く透き通った美しい壁。風の刃と激突するが揺らぐこともなく傷一つつかない見た目にそぐわぬ強硬さ。


「っく―――!固い!なら威力を変えるまでのこと!」


 緑の魔導陣を残したまま出現させたのは赤。風に煽られた炎は勢いを増す。つまり彼がこれからやるのは高等技術、ただの火の嵐を風により強化された複合魔導。


炎風の大竜巻イグニス・ヴェント・トルナード!」


 天まで伸びるほどの竜巻が発生し、それがシンヤ目掛けて迫ってくる。熱量は氷の壁に囲まれているにも関わらず肌が焦げるように錯覚を覚える。中位階の魔導だがそれなりの魔力が込められているのがうかがえる。


 氷璧と激突する。氷を溶かし、壁は蒸発していく。しかしその直後から氷は大気中の水分を凍結させて再生させていく。炎の竜巻と氷の壁との一進一退のせめぎ合いが続くが、その攻防はやがて終わりを告げる。


 ―――止水・第三位階・尼剌部陀にらぶだ


 止水の強化水域がとば口の限界点に到達する。すなわちそれは現在進行形で発動させている繊麗結晶氷璧せんれいけっしょうひょうへきの強度も増すということ。そして、空間凍結系の技を再び放つ。


 ―――青蓮皸裂きせいれんあかぎれざき―――


 大竜巻が瞬時に凍り付く。込めた魔力、有する熱量、その全てが火の矢イグニスアローとは比較にならないが結果は同じ。


「ば、バカな!? そんなことがあるなんて―――!」


 さすがのパシウムも動きが止まる。それはシンヤを前にしては自殺行為に他ならない。氷の壁から外に出て、攻撃に転ずる。


 ―――水明之一振すいめいのひとふり―――


 あえて浅く胴を斬り裂いたがこれで十分。首から下が瞬きする間に氷で覆われた。優しく刃を首元に添える。


「まだやるか? 俺は構わないが……これ以上やると、あんた、死ぬぞ? 仮にも王族のあんたがこんなところで命を散らしたいのか?」


「っく……僕の負けです」


 その言葉に反応して、結界が解かれた。シンヤは刀を納めてから指を鳴らした。パシウムの身体を覆っていた氷は何事もなかったかのように溶けて消えたが、パシウムの身体は濡れているが、外傷は見当たらない。


「ほ、本当に……あなたは一体何者ですか?魔力を持たず、魔導とは似ても似つかない技を使う。ただの傭兵とは思えません」


「どこに行っても聞かれることは同じか。俺はただの田舎出身の無能者だよ。ただ、師匠に恵まれただけだよ」


 シンヤはそれ以上何も言わず、宿に戻った。その背中をパシウムはただ茫然と眺めた。だが、力の一端は掴めた。間違いない、彼が決闘場で正導騎士サラティナに力を貸した犯人だ。悔しさに唇を噛み締めた。

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双刀無双の絶対者〜才能はなかったけど師匠に鍛えられたら人類最強になったので最愛の人に会いに行きます〜 雨音恵 @Eoria

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