第45話:過保護な弟①
激闘を終えたその日の夜。オルビエント第二王子のパラヴォイはただただ憤っていた。決闘場では潔く負けを認めたが、時間が経つにつれてあの理不尽な動きに悔しさを通り越して怒りを覚えた。
だからこの日は食事も適当に済ませて、長い黒髪の娼婦を買った。その彼女を王宮に連れ込んで獣のように交わった。丁寧さと乱暴さを同時に併せ持つ蹂躙の前に百戦錬磨の女性は普段よりも早くに体力の限界を迎えて、今ではベッドですやすやと眠っている。しかし、パラヴォイのうちに燻る怒りの炎はまだ消えない。
「随分と荒れているな、兄さん。決闘場での負けがそんなに堪えたの?」
「当たり前馬鹿野郎!つか黙って入ってくるんじゃねぇよパシウム!」
パシウム・オルビエント第三王子。まだ十代後半の容姿に幼さを残した青年だが彼もまた【星選の証】に選ばれており、パラヴォイと並ぶオルビエントの最強格の一人であり、彼は生粋の魔導士だ。その才能は正導騎士第六位アリエス・ハヴィガーストに匹敵するとまで言われている。
「実は僕も決闘場で兄さんの戦いを観ていたんだ。あの状況で正導騎士が見せた動きはどう考えてもおかしい。【
「だが、実際あの女騎士はそれをやってのけた。あの時の狼人族の族長の男のようにな。くそったれがっ」
その言葉にパシウムも苦い顔をした。今でこそオルビエントの英雄、天才魔導士と呼ばれている二人には共通して苦い敗北の記憶があった。
「三年前に戦ったあの獣野郎と同じ、人を超越した動き。それに匹敵しかねない程の動き。ほんの一瞬だったが見せたんだ。何かからくりがあったに違いねぇ。正導騎士だけに伝わる秘技とか適当なこと抜かしやがって‥‥ふざけた女だ」
そういって手にしていたグラスのワインを一気に煽って飲み干した。見れば部屋の中には空になったボトルが数本転がっていた。パシウムはやれやれと頭を振った。この兄は見た目や態度に反して精神面がもらいところがある。
「兄さん、今日はもう寝よう。正導騎士サラティナはすぐに帰還することはないんだ。力のことはじっくり調べていけばいいさ。その辺は僕に任せてくれよ」
そっと肩に置きながら粗雑だが愛すべき兄に声をかける。同時に鎮静の魔導をかけて兄の怒りを鎮める。
「あぁ……そうだな。悪いな、パシウム」
がっくりと肩を落とすパラヴォイを娼婦の女が安らかに眠るベッドに横たえる。兄が連れ込んだ女をどうこう言うつもりはないが、自分が敗れた女性と同じ特徴の娼婦を買ってくるとは兄の精神の弱さには頭が痛い。
「戦場では天下無双なのに、ひとたび日常に戻ればその辺にいる男と変わらない。だけどその二面性が皆を惹きつけるのかな」
誰よりも前に立ち、誰よりも敵を討つ。そして心を許した相手には脆さを見せる。これこそが兵士の闘志を掻き立て、女性の母性本能をくすぐるのだろう。長兄のペルダンテをして『これは天性の才能だな』と言わしめるほど。
「兄さんのしこりは僕が払うよ。だから、安心して眠ってね」
パシウムはすでに寝息を立てる兄の髪を撫でて部屋を後にした。その表情は年不相応に般若のようだったが、それを見たものは誰もいない。
*****
シンヤの話を聞いて興奮したのか自身の許容量を超える酒を飲んでぐったりしたサラティナを抱えて、【バナリテ】の店長から聞いた白狼亭という宿に到着した。二人用の部屋を借りて彼女をベッドに優しく寝かしつける。こうしてみると、本当に綺麗になった。酔いつぶれたり、どこか抜けているとこなどあの頃から変わらない。再会したとはいえ彼女の立場世界の希望。そう簡単に会うこともできずやきもきしたが、こうして任務と称して共に時間を過ごせるなら悪くない。
「それにしても…サラと互角に戦っていたあの男。人の恋人に色目を使った報いは受けてもらわないとな。名前は確か―――パラヴォイと言ったか」
この国の第二王子だろうが関係ない。さすがに非合法で殴るのは下手すれば死罪になりかねないのでどうしたものかと思案する。一番いいのは決闘場で戦うことだが、サラティナと違いただの傭兵に過ぎない自分では相手にされないだろう。となれば先の一戦での八百長を暴露して犯人と名乗り上げれば怒り心頭で勝負しろと言ってくるか。どうしたものかと悩んでいると、
「ん……シンヤぁ…どこにいるの?」
寝ぼけているのだろうか。彼女が甘えとも寂しいともとれる声音でつぶやいた。
「サラ、俺ならここにいるよ?」
幼子をあやすように、優しく答えた。
「どうして私が戦わないといけないの……シンヤ……会いたいよ……」
思わず唇をかんだ。十年間、会えなくて必死だったのは決して自分だけではない。サラティナもまた、寂しさに耐えながら鍛錬に臨んでいたのだ。
「大丈夫だよ。俺はもうどこにも行かないから。安心して寝るといい。阻むのがいるのなら、俺が全力で排除するから」
シンヤは立てかけた刀のうちの一本、蒼刀を手に取って部屋を出た。外の空気を吸って気分転換するためと―――
「こそこそ隠れてないで、出てきたらどうだ?」
先ほどから監視の目を光らせている人物に警告を与えるためだ。まさかこの国に来た目的がすでにバレたのかと疑ったが、もしそうならこの宿に入る前に襲撃を受けていただろう。
「気付かれていましたか。これでも魔導には自信があるんですけどね。参考までになぜ気付いたか教えていただけますか?」
驚いた様子の声で姿を見せたのはフードを被った若い男。身体つきは正確にはわからないがごく一般的な青年のもの。鍛えられた形跡はないが言葉を信じるなら彼は生粋の魔導士。
「いくら姿を消したところで、あんたが俺達に向けていた殺気交じりの視線は露骨すぎだ。それに俺が宿から出てきたことに一瞬だが動揺もしたな? それに気付かない奴がいれば、それは二流以下だよ」
「これは驚いた。貴方からは魔力を一切感じないというのにそこまでの洞察力を持っているとは……さすがは正導騎士サラティナの付き人。伊達ではありませんね」
「付き人か。なるほど、それは言い得て妙だな。そんなことより、こんな夜更けに何の用だ?まさか、中央選都から派遣されてきた正導騎士を暗殺しようなんて考えてないよな?」
「ハハハ。まさか。そんな卑怯なことすると思いますか?そんなことをすれば【闇の軍勢】と戦う前に中央選都と戦争する羽目になる」
フードの男はおどけながら話を続ける。
「ただ僕は知りたいんですよ。オルビエントの英雄と呼ばれる僕の偉大な兄を倒した、サラティナ・オーブ・エルピスの本当の実力を。最後に見せたあの動きの正体をね。それを知る為なら、僕は何でもする」
「……あえて聞くが、あんた何者だ?」
「あぁ、これは失礼しました。僕の名前はパシウム・オルビエント。ペルデンタ・オルビエントとパラヴォイ・オルビエントを兄に持つ、この国の三番目の王子さ」
被っていたフードをとる。年のころはシンヤとそう変わらない。だが年齢以上に若く見える童顔だが、そこに刻まれた表情は怒りに見た獰猛な肉食獣のそれだ。
「付き人には用事はないんですよ。さっさとサラティナを呼んできてくれませんか?」
「断る。王子だか何だか知らないが、何でもかんでも自分の思い通りになると思うなよ、クソガキが」
シンヤは手にしていた蒼刀を一度腰に挿してから静かに抜いた。パシウムの表情に怒りがさらに加わった。
「……いいでしょう。身の程知らずの愚か者には鉄槌こそふさわしい」
パシウムの身体が翡翠色に発行する。身体強化を使った証拠だ。シンヤも深呼吸をしてマナを身体に取り込んでいく。
真夜中の決闘が始まる。
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