第44話:オルビエント第二王子③

 自分の身体に何が起きたのか、サラティナはわからなかった。温かい何かが流れ込んできたと思えば身体が瞬間的に高温を帯びた。その熱量は普段なら即倒れてしまうものだが、しかしこの熱は違う。何が起きたのかわからないが、これだけは本能的に理解できた。


 今なら、誰にも負ける気がしない。


 サラティナは【至福もたらす精霊の詩イ・ラプセル】を解除する。するとどうなるかは自明の理。眼前に迫るはパラヴォイの秘技、【極寒貫く大狼のインビエルノ・クルーク】の槍。この超近距離、自ら盾を解除した彼女の行動に戸惑うがその一撃を止めることはしない。


 しかしこれまで如何なる敵も刺し貫いてきた英雄の一撃は、サラティナの身体を穿つことはなかった。ほんのわずか赤い閃光とともに身体がぶれるように消えた。パラヴォイは驚愕の表情を顔に刻み、態勢を整えるのを一瞬忘れる。その隙を逃すほど正導騎士は甘くなく、容赦はしない。


「―――まだ続けますか?」


「……俺の負けだ」


 気付いた時には背後に立ち、刃を首筋に当てられていた。彼女がほんの少し手首を動かすだけで首と胴体が泣き別れるだろう。この状況になって戦いを続けようと思うほど、パラヴォイは愚かではない。これが戦場であれば死の物狂いで抵抗したかもしれないが、これはあくまで試合だ。


「し、試合終了だぁあぁぁぁぁ!決闘場無配にして最強の英雄がまさかまさかの敗北だぁぁあぁぁ!さすがが正導騎士!天才美女剣士サラティナ・オーブ・エルピスだぁ!そして彼女に賭けていた馬鹿野郎どもはおめでとぉ!そしてパラヴォイ様に賭けていた遊び心のない馬鹿共は残念でしたぁ!これに今日の決闘は店じまいだ!いい夢見ろよ!」


「それよりもお前。なんだよさっきの動きは!?説明しろ!明らかに人の領域を踏み越えていたぞ!」


「それは極秘事項です。正導騎士にだけ許された秘術ですからね」


 サラティナは内心でぐるぐると渦巻く動揺を完璧に押し殺して口から出まかせを話した。正導騎士にのみ伝わる秘術とか秘伝とか言えばさすがに何も言えまい。現にパラヴォイはへの字口にして渋々ながらも納得して口を閉ざした。


「では、私はこれで失礼させてもらいます。中々楽しかったですよ、第二王子殿」


 わずかばかり速足でサラティナは入場口へと向かった。一刻も早くここを出て話を聞かなければいけない男がいるからだ。このまますぐに合流して夕食を食べながら問い詰めよう。もちろんディナー代は彼持ちだ。


「まったく、何をしているんだ、サラ?【星斂解放技】まで使ったりして……いくらなんでも目立ちすぎだし、やりすぎだろう?」


 鎧を仕舞い、普段着に戻って決闘場を後にしたサラティナを、興奮冷めやらぬ観客たちでごった返す入り口で目当ての男が待ち構えていた。


「シンヤ!いいのよ。あの男パラヴォイは会うなり一晩付き合えと言ってきたのよ?その後は売り言葉に買い言葉であの場に立つことになったのよ。そんなことよりも!あなたさっき私に何をしたの?」


「……何のことだ?俺は別に何も―――」


「とぼけないで!まぁいいわ。ここじゃ何だから移動しましょう。ご飯を食べながらゆっくり話を聞かせてもらうわ」





 *****



 シンヤ達は決闘場から離れたところにある小綺麗な店に入った。大衆酒場では先ほどの激闘で顔が知れたサラを連れて入店は当然できない。それだけで大騒ぎになるのは火を見るより明らかだ。ならばと適当にぶらぶらと並んでふらふらと散歩して、目に着いたこの店に決めたのだ。


「落ち着いていて静かな店ね。こういうお店がこの国にもあったのね。驚きだわ」


「サラ…それは言い過ぎだ。それよりもさっきの話だが―――」


「そうよ!いきなりのことでびっくりしたんだから!何だったのあれ?」


 店長のおすすめだというステーキにナイフを入れながらサラは先ほどの戦いで己の身に起きた劇的な変化について尋ねた。シンヤは肉を頬張りながら答える。


「俺が師匠から教えてもらった技、星斂闘氣のことは前に話したよな?」


「えぇ。確か…【星の息吹マナ】をその身に取り込んで力とする、だったけ?それが星斂闘氣の基本にして極意。でも魔力を持たない人にしかマナは取り込めない、って言ってなかった?」


「そうだ。本来魔力を持つ人間には感知することも取り込むこともマナだが、魔力を持つ者が取り込んだらどうなるかと言えば―――端的に言えば即死だな」


 そこに当たり前のように存在するが、魔力との相性はすこぶる悪い。水と油どころの話ではなく、混ぜれば致死性の毒となる。仮に、無理に取り込めば強大な力を得ることができるがそれはほんの一瞬、ろうそくが最後に激しく燃えて消えるのと同じ。


「だが、俺を経由することで、わずかだが安全にマナを他人に譲渡することが出来る。それが【星束譲渡】という技だ。与えた型は灼烈。第二位階の等活だったが、十分だったようだな」


 疑似的で刹那の間だったがサラティナは恋人の男が修得した力の片鱗をその身で味わって感動と興奮、そして畏怖を覚えた。あれほどの力をその身に取り込み、十全に扱うことが出来ているシンヤは文字通りの人類最強に名乗りを上げるだろう。それに加えて彼にはまだ切り札がある。


「それについては師匠の言葉を借りるなら―――禁則事項だ」


 無駄にかっこいい笑顔でウィンクをかましてきた恋人シンヤに、不覚にもときめくと同時にイラっとしたサラティナだった。

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