第43話:オルビエント第二王子③
早速シンヤは紹介された酒場【バナリテ】を訪れた。まだ日の高い昼過ぎではあるが酒場兼傭兵の依頼斡旋所のここは多くの人で賑わっていた。人の集まるところに情報は集まる。その正誤性には些か疑問の余地はあるけれど。
四人掛けのテーブル席はすでに満席。だがシンヤの目的はカウンター席。幸いなことにそこの席には空きがあったので迷わず腰かけた。
「いらっしゃい。兄ちゃん、見ない顔だな。新参者かい?」
「ご名答。今日着いたばかりの素人さんだよ。宜しくな、
こんな時間から飲むのは趣味でも主義でもないが話を聞くためにはこれから行うことは必要経費だ。師匠曰く、
―――いい、シンヤ。もしいつの日か情報収集に酒場に行くようなことがあったら必ずその店のマスターのところにいの一番に行きなさい。そして必ず酒を頼む。その時は絶対こう頼むのよ。いい?――
「店長。この店で一番きつい酒を頼む。それとつまみを適当に」
「―――わかった。だが飲みきれなかったら承知しないからな?」
そう言い残して店長はいったん裏手に下がった。シンヤは一息ついて改めてあたりを見渡すと、今まで談笑していた傭兵たちの視線が自分に集まっていることに気付いた。そこに含まれる感情を読み取るに、興味と関心、そして呆れと憐れみと言ったところか。
「ほれ、持ってきたぞ。こいつがうちの店で一番キツイ酒だ。飲みきれなかった承知しねぇぞ?」
つまみの干し肉と一緒に持ってきたのは鮮血のような色の液体が入ったグラス。そこからは強烈なアルコール臭が漂い、鼻を刺激する。最早悪臭といっても相違ない。しかし、シンヤは一切躊躇うことなくグラスを煽った。ゴクゴクとのどを鳴らしながら一気飲み。その様子を見ていた店長をはじめとした客たちは目を丸くした。
「プファ。匂いはあれだが不味くないな」
飲み切ってからシンヤはグラスを派手にカウンターに叩き置いた。そして干し肉に乱暴にかじりつく。塩味がしっかり効いていて旨い。普通の酒がどんどん進む逸品だ。
「わ、わかった。あんたのこと若い兄ちゃんだと思って舐めていたよ。私の負けだ」
「案外素直なんだな。まぁいい、色々話を聞かせてほしい」
本音を言えば例の傭兵の名前を出して狼人族の集落襲撃の話を聞きたいところではあるが、それはまだ後でいいだろう。あの口ぶりならば今日明日に実行に移すと言うわけではなかろう。
「なぁ店長。俺はここに来たばかりで右も左もわからないんだ。とりあえず野宿は嫌だからそれなりに綺麗な宿屋を教えてほしい。あと暇つぶしが出来るような場所があればついでに」
「そうさな。おすすめの宿屋はちと高いが
「……正導騎士が戦う?それはなんの冗談だ?」
シンヤは己の耳を疑った。目立つのは仕方ないにしても目立ち方と言うものがあるだろう。まさか公衆の面前で賭けの対象になる決闘に出場するなんて、我が親愛なる女性ながらにわかに信じがたい。
「それで、対戦相手の英雄っていうのは誰だ?正導騎士と戦うんだからそれなりに強いのだろう?」
「兄ちゃん、本当に何も知らないんだな。うちでいう英雄っていうのはパラヴォイ・オルビエント第二王子のことだよ。【星選の証】も持つ最強の槍使い。【闇の軍勢】が接近した時は不在だったが、あの方がいれば何の問題もない。ってくらいには強い」
「なるほど。それは英雄って呼ばれるのも理解できるな」
サラティナでさえ苦戦した山羊頭の怪物を倒せると国民の誰もが信じて疑わないほどの実力者なら正導騎士にも勝てる見込みはあるのだろう。
「それに噂によるとな。色恋沙汰をあげたら枚挙に暇がないほどの第二王子がこの勝負に勝ったら、一晩の愛いし合いを申し込んだらしい。正導騎士様もそれに応じたとな。こいつは盛り上がると思わないか―――って、ど、どうした!?」
「なん……だ、と。一晩の愛し合い?試合?殺し合い?いや、待て。冷静になれ。うん、俺は冷静だ。大丈夫。大丈夫…」
シンヤは頭の中がパニックになった。人のあずかり知らないところでなんて話をしているんだ。一国の王子の夜伽の相手を賭けて戦うなんて本当に何を考えているんだ。焦りが一周回って怒りに変わりそうになったところで深呼吸を繰り返して心を落ち着かせる。
それから先のことはあまり記憶に残っていない。とりあえず店長から決闘場の場所を聞いて急ぎ足で向かった。到着した時にはすでにサラと第二王子のパラヴォイが戦っていて、互いに【概念強化】と【星斂解放技】を発動させていた。
星斂解放技。武器に秘められた星の力を解き放つ必殺技。修得するには最低限でも【概念強化】の修得が条件であり、その上で鍛錬と己の武器との対話をしてようやく手にすることが出来る絶大な力。それをして師、曰く
―――あぁ、正導騎士とかが使う【星斂解放技】は私が言うのもあれだけどチートよ、チート。この世界の人間にとってはあんなの防ぎようがない反則技よ。まぁシンヤならどうとでもなると思うけど、一応気を付けなさい。ところで今日こそ一緒の布団で―――
「パラヴォイ・オルビエント。英雄と呼ばれるのに相応しいだけの力があるのは確かか。【概念強化】と【星斂解放技】まで使えるのだから奢るのも無理もない。それにしてもサラの奴…もしかして山羊頭と戦った時は本気じゃなかったのか?」
あの豪槍の一撃を容易く防いでいる虹色に輝く不可視の盾は領域指定型の結界か。それを前面展開しているのだろう。だが同時に攻撃することはできないのか完全な膠着状態に陥っていた。
「まったく……負けたら何をされるかわかっているのかあいつは。仕方ない。パラヴォイとやらに賭けている連中には悪いが、助太刀させてもらおうか」
シンヤは深く呼吸をし、身体にマナを取り込む。
―――
―――
右手を広げてサラに向ける。選んだ型は灼烈。使う技はその名の通りの譲渡術。ほんの僅かの力しか与えることはできず、持続もごく短時間だが、それでも十分すぎるほどの強化を得られることだろう。
「負けるなよ、サラ。まぁ万が一の場合は……俺がこのまま飛び入りだ」
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