第42話:オルビエント第二王子②
選抜武芸大会のような上品な盛り上がりではなく、決闘場は歓声と怒声が入り混じる低俗な観衆が大勢集まっていた。これが数少ない享楽であるのならそうなるのも致し方ない。純粋な闘いを楽しむのではなく、彼らの目当てはそれで得られる金銭なのだから。
「さぁさぁ汗水垂らして稼いだ金をすぐに溶かしちまう阿呆ども!今日の景気はどうだい!?」
拡声器を手に、唾をまき散らすこともいとわず興奮気味に叫ぶ男が一人。大仰に大げさに殊更に、地上に立つその男は観衆を煽る。
「「金かえせぉえこの野郎!!」」
「「もっと稼がせろこの野郎!!」」
怒りと歓喜の声がごちゃ混ぜになった返答を聞いてご満悦気味な実況者。
「いいねいいね素晴らしいねこの馬鹿野郎どもは!そんなお前らに朗報だぜ!この決闘場最強の男が一試合限りの復活だぁ!誰かは言わなくてもわかるよなぁ!?」
観客を引き付ける言葉選びと適度な間を作りながら期待させる空気作り。そしてそれを堂々とぶち壊して入場する一人男。
「オルビエントの第二王子でありながら我が国きっての戦闘狂!しかし戦場では勇猛果敢一騎当千の活躍はまさしく英雄!そして決闘場ではいまだ不敗!賭けにならないから名誉王者となった、パラヴォイ・オルビエント様だぁぁぁあぁあ!!」
笑顔で大手を振りながら決闘場にパラヴォイが現れた。背に担ぐのは豪槍。鍛え上げられた肉体を守るのは胸当て等の軽度な鎧。この格好は例え幾数の敵が跋扈として襲い掛かってくる戦場であっても変わりはない。
「対するは、中央選都からの回し者ぉおお!しかしその実力は二十という若さで有りながら正導騎士の序列三位に君臨する天才剣士!剣技の冴え、魔道の数、そして老若男女問わずに魅了するその美貌!まさに戦場に咲く一凛のバラの如し!」
大げさな紹介だ、と入場口でそれを聞いていたサラティナは苦笑する。容姿を褒められることは悪い気はしないが、それだけでのし上がったと罵る者がいるのも事実。そんな連中を黙らせる一番の方法は力を見せること。今回も同じだ。
「正導騎士ナンバー3は、我が国最強の男とどこまで張り合えるのか!?楽しませてもらうじゃねぇか!サラティナ・オーブ・エルピスの入場だぁああぁっぁぁ!!」
ゆっくりと、そして余裕をもった足取りでサラティナは戦場に足を踏み入れた。緊張はなく殺意もない。ただその心に秘めるは目前に立つ強者と戦うことへの高揚感。
彼女の装備はその黒髪に映える白亜の甲冑。女神の騎士、いや戦場に舞い降りた女神そのものとさえ思えるほどの神々しさを有していた。
「世紀の一戦と呼ぶにふさわしい最高のカードが実現したぜ!馬鹿野郎ども!有り金のはたく準備は十分か!?貯金を飛ばせ!失いたくなければ声を上げろ!勝鬨を上げたければ声を張れ!てめぇらの運命はこの二人に託された!」
どちらに賭けたかを示す券が萎れてしまうほど強く握りしめて二人に声援を飛ばす観客たち。これが純粋な見世物な戦いの場か。サラティナは思わず苦笑した。
「正導騎士様はこういう場所で戦うのは初めてだろう?全力で楽しめばいいのさ、血の匂いと剣戟の音に本能の赴くままに酔いしれればいいのさ!」
「なるほど。野蛮な考えですが……今日はそういうことと割りきりましょう」
サラティナはしゃらりと鈴の音のような美しい音を鳴らしながら剣を鞘から解き放つ。その刃は光を浴びて白銀に輝き、相対する敵を感嘆とさせる美しさを持つ。
「いやーさすがは人類最後の希望の騎士様が持つ武器は綺麗だねぇ。それに比べて俺の得物ときたら……」
文句を言いながら背中の槍を構える。使い古されているがその刃は微塵も鋭さを失っておらず、赤黒い汚れは戦場で敵を殺したことを示す勲章。この男が理解しているかは定かではないが彼の豪槍もまた、星がこの世に産み落とした星遺物だ。サラティナはそう直感した。すなわち、モナカの言葉以上に油断のならない男と言うことだ。
「おっいいね、空気が変わったか。ならせいぜいこの戦いを楽しむとしようぜ。そして、夜はそのままベッドでお楽しみだ」
「……その減らず口、今すぐ叩けなくしてあげましょう。私を抱いていい男はただ一人。決して貴方ではありません」
張り詰めた空気が両者の間に流れる。それをかき乱すのは実況の男の盛大な合図。
「すでに二人は臨戦状態だぜ!なら俺がこれ以上話すのは野暮ってもんだ!だがこれだけは言わせてもらうぜ――――試合、開始!!」
仕掛けたのはパラヴォイ。巨大な槍を持っているとは思えぬ速度で間合いを詰め、必殺の一撃を放つ。狙いは心臓。当たれば即死、命はない。これが試合であることを忘れているかのような瞬激に呆れずにはいれらない。
「まったく……血気盛んな王子様だこと」
しかしサラティナは動じない。剣を下から振り上げてその槍の軌道を強引に上方へ弾き飛ばす。そして振り上げた勢いそのままに手首を返して振り下ろす。パラヴォイがその気ならこちらもそれに合わせるまで。だが敵もさるもの。すぐに槍をこの一刀を受け止めてみせた。
そこから始まるのは互いの命を懸けた剣戟のせめぎ合い。一合、二合、三合、それが刻むリズムは不規則で終わりが見えない。つかず離れずの間合いで鎬を削る。
パラヴォイは背中に冷や汗をかいているのを自覚した。気を抜けば一瞬で獲られる。それだけ目の前の正導騎士の剣技は鋭い。槍と言う剣と比べて圧倒的に優位な間合いを持つ得物を手にしていながら攻めきれず、ほんのわずかな間隙をついて必殺の連撃を見舞ってくる。これは本気になれないとヤバイと本能が警告している。
サラティナもまた同様にパラヴォイの実力に舌を巻いていた。この男に虚撃を混ぜるというつもりは一切ない。そのどれもがこちらの命を刈り取らんとする明確な殺意を纏わせた攻撃の嵐だ。それを捌きつつ、引手の瞬間を狙って間合いを詰めて攻撃を仕掛けるが確殺には至らない。攻防がすでに完成された槍の使い手。英雄と称される男の実力。
「どうしたぁ?正導騎士様の実力はそんなもんなのかぁ!?天才って言葉は随分軽いんだなぁ!?」
「フッ。オルビエントの英雄とやらも大したことありませんね。これなら
手を休めることなく口から放つは挑発の応酬。露骨に反応したのはパラヴォイ。まさかこの小娘の知り合いと同等に見られるのは我慢ならなかったのか、攻撃から冷静さが欠けた分圧力が増す。単純な男だが、しかしこの鍔迫り合いにおいてそれは有効だった。
「死にさらせ小娘がぁ!」
上段からの振り下ろし。受け止めることも捌くことも困難な雑な攻撃だが、この膠着した状況を崩すには最適解。サラティナは後方に飛び退くことでこれを回避した。しかし、これは悪手。初手から詰めていた間合いを自ら手放したのは自殺行為。
「
「っく……概念強化、【
同時に互いの持つ切り札を切る。パラヴォイの槍【ゲシュティーパ】に込められている概念は『貫通』。その攻撃はいかなる盾をも貫き穿つ絶対必殺の一撃だ。サラティナの持つ星斂剣【アンドラステ】は唯一の
「ハッ!防ぐのか!この一撃を!正導騎士は伊達ではないな!」
「まかさ、絶対守護結界を使うことになるとは。さすがは英雄!」
再び訪れる膠着。パラヴォイの槍はサラティナが展開した盾の前に押し込むことが出来ずにいる。だからと言って後退すればすぐさまこの騎士は攻撃に転じてくるだろう。
しかしサラティナも盾を展開しているため簡単には攻撃に転じることはできない。少しでも焦って仕掛ければこちらが貫かれる。
まさに矛盾の再現だ。
「あいつが……第二王子か。サラにふざけたことを抜かしたくそ野郎」
居酒屋で聞いた通り、愛する人が剛健な男と刃を交えていた。シンヤはこんな目立つことをしているサラに呆れつつ、殺気を込めた視線をオルビエントの英雄に向けた。
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