第41話:オルビエント第二王子①
サラティナは再び馬車に乗り、連れてこられたのはコロシアム。中央選都にあるそれと比べると規模は小さいけれど十分立派な建物だ。その中心では上半身裸の男二人が拳をぶつけ合っていた。つまりここはそういう場所だ。
「立派なもんだろう?ここは傭兵どもや兵士たちの鍛錬も兼ねた闘技場だ。出場者は金と榮譽のために戦い、それ見に来た客も歓喜と興奮を求めて金を投げる。娯楽の少ないこの国は数少ない楽しみだ」
男たちは口から血を飛ばしながら殴り合う。顔はあざだらけで原型をとどめていない。それでも倒れずに戦い続けるのは意地と金のため。サラティナは複雑な感情でそれを眺めた。
「さて、サラティナさんよ。俺達は互いの得物で、どちらかが降参するか審判の判定で勝敗を決するルールでいいかな?何、辱めたり殺したりはしねぇから安心しろ」
「いいでしょう。これはあくまでただの手合わせ。オルビエント最強と呼ばれているあなたの力を見せていただきましょう」
サラティナはすでに服装から鎧、剣まで装備して戦闘態勢は万全だ。それはオルビエントも同様で、彼の得物は豪槍。同僚のホランドや親友のパンテラのそれと比べると一回り以上大きな槍だ。それを振り回せるだけの自信が彼にはあるのだろう。
「この試合で俺が勝ったら一晩付き合えよ?俺様が雌の喜びをたっぷりと味合わせてやるからよ」
クククと王子らしからぬ下品に笑うパラヴォイ。サラティナは本気でこの試合で事故に見せかけて殺してしまうかと頭を悩ませていると、見知った人物から声をかけられた。
「サラティナ。もう来てたんだ。早かったね」
「モナカ!すっかり怪我は癒えたのね!よかった……心配していましたよ。大丈夫ですか?」
「うん。みんなが優しく看護してくれたから。パラヴォイ、助かった」
モナカ・カーカフ。年齢はサラティナより五つほど上なのだが年齢にそぐわない幼児体系。しかしれっきとした正導騎士序列七位の実力を有している女性だ。
前線に立って敵を圧倒的な力で切り伏せていく正導騎士において異質の隠密行動に優れた騎士だ。その特性を活かして各地の偵察な【闇の軍勢】の動向などを探っていたが、半年前よりオルビエントに派遣されて駐在している。
「気にすることはないぜ、モナカ。お前のおかげでうちの連中の被害が最小限に食い止めることが出来たんだ。そんなお前が重傷負ったら助けるのが当然ってもんだろう」
パラヴォイはモナカの頭をわしゃわしゃとなでた。それを嫌がるでもなく目を細めて受け入れている様はまるで飼い主に懐いている子犬の様だ。
「それより、完璧装備で二人ともどうしたの?もしかしてさっき通達のあった臨時試合をするのって、サラティナとパラヴォイ?」
「その通りだぜ!これから正導騎士第三位と俺様の特別試合だ!お前はどっちに賭ける、モナカ」
「ん……なら私はパラヴォイに手持ちを全部賭ける。そっちのほうが面白そう」
「あら、モナカは私が負けると思っているのかしら?もしそうなら聞き捨てならないわね」
「パラヴォイ、性格はクソだけど実力はある。サラティナも油断したら足元掬われる。気を付けてね」
モナカがそこまで言うのなら、このクソ王子はやはり自称するだけの能力を持っているのだろう。しかし仮にも仲間である自分にではなくこいつに手持ちの有り金を賭けると宣言したこのちびっこにはお灸を据えてやらねばならない。
「忠告、肝に銘じておきます。ですがモナカ、あなたの選択が間違いであったと後悔させてあげましょう。覚悟しておくことです」
「ふたりともーがんばってねー」
しかし気付いた時にはモナカは決闘場の中に入っており、気のない声援を送りながら手を振っていた。サラティナは思わずこぶしを握りしめ、あとで拳骨を落としてやることにして気を静めた。
「さぁて、俺達も入るとするか!」
カッカッカと笑いながら槍を担いで会場入りするパラヴォイはその道中ですれ違う人々から歓声を浴び、握手を求められていた。それに大笑しながらも丁寧に対応している姿は一国の王子というよりもむしろ戦場の英雄だ。サラティナは彼に対する認識をほんの僅かだけ改めた。
王子という身分でありながらそれを鼻にかけず市民と気さくに接する男。まさにオルビエントの英雄と称するにふさわしい男だと思った。
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