第40話:潜入開始②
一方そのころサラティナは馬車から降りて王城へと案内されていた。今は鎧も剣装備していない格好だが、何かあればすぐに召喚して身に纏うことが出来る。一般的にはこれは一種の時空間魔導であり失われた魔導でもあるが、これを可能にしているのが他でもない【星選の証】である。
これには時空間転送魔導の機能があり、自身の装備一式を保管して置くことができる。それ故に無防備な状態であっても瞬時に戦闘態勢をとることが出来る。
「このような遠方の北国にまさか正導騎士の序列三位のサラティナ様が来られるとは、なんとも光栄なことですなぁ。すでにモナカ殿も派遣いただいているのにここに来ての増援とは。中央選都は寛大であられますな」
「いえ。人類存亡の危機ですので。四大国の一つであるオルビエントが万が一にも敵の手に落ちるようなことがあっては遅いので、これは当然の処置かと」
サラティナを案内しているのはこの国でもナンバー2の権力を持っているバオアー・ジェーチという男だ。不摂生を絵にかいたような人物で、鍛錬とは無縁の生活を送ってきたことがうかがえる。日々贅沢に暮らしているのだろう。自分を見る目もまるで娼婦を値踏みするかのような目で吐き気がする。今すぐこの場を離れてシンヤに抱き着いて甘えたい。いや、絶対に甘えよう、そうしよう。サラティナは来る時を想像してこの場を乗り切ることにした。
「この先で我が王がお待ちです。どうぞお入りください」
肉だるまにうながされ、サラティナは王室に入った。調度品はその細部に至るまで無駄に豪華で高価な一点もの。贅に贅を尽くした趣味の悪い部屋だ。そこに鎮座していたのは王ではなく、この国の第一王子だった。
「ようこそ、我がオルビエント共和国へ。私は貴女を歓迎しますよ、サラティナ・オーブ・エルピス殿」
「お初にお目にかかります、ペルデンタ
「父は長いこと病床に伏せております。ですので、今は私が実質的な王として、国を導いているのです。こうして国を背負う立場に立って初めて父の偉大さを日々痛感しています」
この腹黒王子が、とサラティナは心中で吐き捨てる。そもそもシャグラン国王を再起不能に陥れたのは他ならないここにいる二人だとモナカから報告が上がっている。
「慣れない執務でさぞご苦労されていることでしょう。ですがそれはお父上も通ってきた道。ベルダンテ様もいずれはお父上のような立派な王として、国を導いていかれるでしょう。僭越ではありますが私も期待しております」
「フフフ。正導騎士序列三位の天才にして絶世の美女と名高い貴女に期待されるのは気分がいい。どうです、この後食事をしながらゆっくりと話したいと思うのだが、いかがなか?」
―――誰がお前とご飯を食べるか。こっちは一分一秒でも早くシンヤのところに行きたのだ―――
「せっかくのお誘いありがたいのですが、今日のところは申し訳ございません。予定が入っておりまして。なにせここには観光に来たわけではありませんので」
優雅な笑みを浮かべてやんわりと断る。しかし心の中では盛大に罵っているのだが、それを一切表に出すような愚挙はおかさない。
「そうか。それは残念だ。それで、観光に来たわけではないというのなら何用でここに来たのだ?まさか本気で我らの行動を憂いての派遣と言うわけではあるまいな?」
一瞬で鋭い目つきになりサラティナを睨みつける第一王子。この変わりようは実の父を毒殺未遂までして王の座から引きずり下ろしただけのことはある。しかしサラティナとて腹芸で負けるつもりはない。
「まさか。我が人界騎士団団長、オルデブラン・アウトリータはこう申しておりました」
―――貴国の協力を得られないのは誠に残念だ。しかしだからと言って貴国を見捨てるようなことはできない。すでにモナカ・カーカフを派遣しているが追加で一名、正導騎士を派遣しよう。我らが戦うべきは【闇の軍勢】、ただ一つ。志を同じくして戦うではありませんか―――
「だから私はここにいるのですよ、ベルダンテ王。脅しとか、そのような意図はありません。ご安心ください」
脅すようなことはしない。こちらが知りたいのは何故、協力を拒んだのか、その背景にある自信の源だ。そして何より、【闇の軍勢】が中枢に潜んでいるのか否か。
最も、こんな面倒ごとを起こして選都でシンヤと十年分の空白を埋める時間を奪った代償はどこかで支払わせるつもりではあるが。
「なるほど。あくまで今回の追加派遣は善意であると……オルデブラン殿は仰っているわけか。いいでしょう。ではその好意に甘えさせていただきますよ。我らとしても戦力となる人材は一人でも多いほうがいいですからね」
「……寛大な判断に感謝いたします。では私はこれで失礼させていただき―――」
「おい兄者!新しい正導騎士が到着したっていうのは本当か!?誰だ!?昔いたナスフォルンとかいう優男じゃねぇだろうな!?」
退出しようとした矢先、大柄の男が扉をぶち壊すほどの勢いで蹴破って入ってきた。体格、豪快さなどは似ても似つかないが、その顔立ちはベルダンテ王と同じ面影を感じた。
「パラヴォイ……お前という奴は。サラティナ殿、紹介しよう。我が弟にしてオルビエント共和国軍の総大将のパラヴォイ・オルビエントだ。脳みそまで筋肉出来ているような愚弟だが、実力はこの国一番の猛者でもある」
「サラティナ?なるほど……お前が噂の序列三位の天才騎士様か。中々どうして美人じゃねぇか。ヘヘ、どうだい、今晩俺と過ごさねぇか?最高の夜にしてやるぜ?」
「パラヴォイ様、残念ですがお断りさせていただきます。私、年中盛っている猿には微塵も興味がありませんので。他をお当たり下さい」
出来なかった。突然現れた筋骨隆々の角刈り頭の男の第二王子に夜伽に誘われて喜ぶような軽い女は早々いないだろう。むしろこの場ですぐに首を斬り落としたいくらいの嫌悪感を覚えたほどだ。もし仮にシンヤがこの場にいたら―――
―――表に出ろ。殺してやる―――
相手の立場とか関係なく本気で殺しにかかっただろう。仮に殺さなくても男の尊厳くらいは斬り落としたかもしれない。
閑話休題
「ハァッ!中央選都からの派遣された雌の割には吠えるじゃねぇか!でもな、いくら吠えたところで女は俺の前にひれ伏すんだよ!お前も抱いてくれと泣いて懇願させやるよ」
「いい加減にしろパラヴォイ!如何な理由があろうともサラティナ殿は客将だぞ!そのような態度は許されん!」
その横暴な態度にさすがに見かねたのかペルダンテが一括する。しかしこの男はそれで止まるほど柔な男ではなお。
「うるせぇな兄者は。こんなんだから中央選都になめられるんだよ。ここらで一発かましておかないとずっとこんな調子だぜ?なぁ、サラティナさんよ。せっかくここまで来たんだ。いっちょ手合わせでもしねぇか?俺の相手ができるような奴いなくて毎日退屈なんだよ」
「その退屈しのぎに女性あさりですか。いいでしょう。オルビエント最強の戦士の力、みせていただきましょう」
「そうこなくっちゃな!こいつがいいって言ったんだからこっから先は口出すなよ!おいバウアー!早速賭けの準備を始めろ!こいつは久々に盛り上がるぜ!」
「……かしこまりました」
「ヒャッヒャッヒャ!楽しませてくれよ、正導騎士様よ?」
シンヤとの合流が少し遅れるかもしれない。だがこの国の自信の源を探る機会を得たと思って我慢しよう。そしてこの怒りをこの変態筋肉男にぶつけて晴らそう。そう決めたサラティナであった。
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