第39話:潜入開始①
入国する直前にシンヤは一人馬車から降りた。あくまで【オルビエント】に通達しているのは正導騎士序列三位のサラティナを追加で派遣するということだけ。それ故に彼女と一緒に中央選都が用意した馬車に乗って入国するわけにはいかない。
外はあたり一面雪景色。日の光に照らされて銀色に輝く平原は幻想的で、生まれて初めて雪を見るシンヤは思わず息をのんだ。
だが景色以上にシンヤが感じたのは吐く息も真っ白になるほどの寒さ。出身の村は確かに寒い時期もあったがここまでではない。防寒として厚手の服とマフラーをプルーマ夫人が用意してくれたがそれでも寒い。だがじっとしているわけにもいかないので、
「予定通り、俺は流れの傭兵として入国する。サラは正導騎士とてオルビエント軍の指揮下に入るのだろう?」
「表向きわね。指揮下に入ると言ってもそれはあくまで便宜上のことで、私達は自由に動いていいことになっているの。でないと、いいように使われるでしょう?」
あくまで正導騎士は客将の立ち位置。加えて受け入れるも受け入れないも自由だ。指揮を執る部隊はないが、有事の際は一人で前線に立たなければいけなくなるので実は危険度も高い。とはいえ、有事などほとんど起きないのだが。
「ここ最近は【闇の軍勢】の動きも活発になっているから何とも言えないけどね。確かこの辺りに狼人族の集落があったはずだし、傭兵として活動するシンヤの方が忙しくなるかもね?」
「……狼人族の集落か。面倒だな」
思い出すのは先日の戦闘。ナスフォルンを歯牙にもかけず、大将と名乗った山羊頭のサタナキアプートよりも格段に強かった狼人族の進化個体。名を確かグリシナと言ったか。彼女と再会するのは非常にまずい。その先に待つのは間違いなく流血だ。
「どうしたの、シンヤ?なんか冷や汗かいてない?」
「気のせいだろう。さぁ、そろそろ行ってこい。俺もあとから追う。適当な宿に入るからそしたら連絡する」
「なんか気になるけど……まぁいいか。じゃぁシンヤ、またあとでね」
サラィテナの乗る馬車を見送ってからシンヤはのんびり歩いて入国門に向かった。遠目で見れば、さすが中央選都からの遣いの馬車と言うことですんなりと通されていた。対して普通の行商人や仕事終わりの傭兵たちは大人しく検問の列に並んでいた。シンヤもそれに倣ってその最後尾についた。
「おい、聞いたか?どうやらペルデンタ様は人界騎士軍への派兵を正式に断ったらしいぞ。これからどうなるんだろうな。自国の戦力だけで【闇の軍勢】と戦っていけるのかね」
「そのことなら大丈夫みたいだぜ。なにせ第二王子と第三王子はあの正導騎士級の力を持っているし、何より、秘薬もあるからな」
前に並んでいた傭兵二人の雑談を聴きながら順番を待つ。この国の王子様二人は正導騎士並に強いこと、そして切り札の薬があるのか。その情報が傭兵にまで流れているということはそれが切り札ではなく常備薬になるということか。それがオルビエントの自信の源なのだろうか。
「まぁさすがに中央選都も黙っていないのか、正導騎士を追加で寄こしてきたみたいだけどな」
「おいおい、大丈夫かよ?それって間違いなく説得かもしくは脅しだろう?ちなみに誰が来るかわかっているのか?」
「あぁ。どうやら序列第三位、サラティナ・オーブ・エルピスって話らしい。かなりの大物だ」
「マジかよ!?最強格の一人じゃねぇか!こりゃ脅しの要素が強いかもな」
入国してから色々情報を収集してようと思っていたが、存外こういう暇な時の会話と言うのも馬鹿にはできない、とシンヤは思った。どうやらオルビエント国内ではサラティナの来訪を中央選都側からの圧力だと感じているらしい。これはむしろ面倒かもしれない。調査がしにくくなる。
「まぁ俺達傭兵には関係のない話さ。金と例の薬さえもらえたらそれでいいからな!んなことよりどうするんだ?例の話。近々あるんだろう?狼人族の集落への威力偵察の仕事。お前は受けるのか?」
「―――狼人族の集落に攻撃を仕掛けるって本当か?」
「あぁ?なんだよお前?人の話盗み聞きとはいい趣味じゃねぇか?」
シンヤはその不審な話題に思わず声をかけてしまった。案の定血気盛んな傭兵の男が殺気交じりの視線を向けてきた。
「おい、そんな怒るなって。兄ちゃん、今の話に興味があるのか?そりゃ当然だよな。なにせ金になる。ここらで一旗揚げようって口だろう?わかるぜ、兄ちゃんみたいな奴は最近多いからな」
片割れの方がいきり立つ男を制してシンヤに向き直って気さくな笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「そうなのか?確かに入国者の数も多いように見えるが……」
「そりゃそうだろう!人類を脅威から守るっていう大義名分のもとに兵士を寄こせと好き勝手いう奴の話を毅然と断ったんだからな。俺達のような傭兵への金回りもいいから戦力は増強する一方だ。そんなわけで、兵力の落ちた国に住みたいと思わないだろう?だから移住者も増える。人が増えれば商売も繁盛する。そうすれば税も増えて国が潤う。完璧な循環だろう?」
「驚いた。あんた、見かけによらず詳しんだな」
「なに、こんなのは少し本を読めばわかることよ。それよりもだ。傭兵としてやっていきたい、もしくは狼人族への襲撃の件を詳しく話を聞きたいなら傭兵斡旋所も兼ねている酒場【バナリテ】に来い。時間は何時でもいい。そこのマスターに『オダシュに誘われた』と言えばすぐに伝わるさ」
オダシュ、と名乗った気さくな傭兵はいまだ機嫌の悪い相方と一緒に検問に呼ばれた。シンもその後すぐに呼ばれた。
「はい。お兄さんはどこから来たの?って、あんたも傭兵かよ。それにしても珍しいな、二本の剣を腰に挿しているなんて。ちょっと前に話題になった『二代目双刃』にあやかっているのか?」
よくしゃべる門兵だなと思いながらもシンヤはこれもまたあらかじめ決めておいた通りのことを話していく。
「東にあるフオンツェと言うところから来ました。これは剣ではなくて刀というものでして、東ではこれが主流なんです。二本挿しているのは自分に自信がないからですよ。予備のようなものです」
この国に来ることになった際、さすがに中央選都から来ましたと素直に話をするのは何かと角が立つのではないかという話になり、オルデブランと相談して決めたことだ。フオンツェはシンヤとサラティナの生まれ故郷の村の名前。中央選都に入るときはザイグに身元を保証してもらったが今回はそういうわけにはいかない。
そこでオルデブランは悪い顔をした。フオンツェに間者を送り込み、シンヤに変装してタグを回収してきたのだ。子供の頃に村を飛び出して以来顔を見せていない両親は喜んでいたそうだが、夢幻のようにまた姿を消したとなれば不思議がるだろう。ただ、シンヤは故郷に帰る気はないから関係のないことだ。
閑話休題
このタグの回収のために作戦が決まってから実行に移すまでに時間が空いたのだが、そのかいあってすんなり入国することが出来た。
「一つ、伺ってもいいですか?【バナリテ】と言う酒場はどのあたりにありますか?この国で傭兵としてやっていくなら一度顔を出せと言われたのですがなにぶん初めてなので場所がわからなくて」
「そうだよな。ここオルビエントで傭兵として成り上がろうっていうなら【バナリテ】は知らないと話が始まらないからな!場所はだな―――」
おしゃべり好きな門兵に場所以外にもおいしい食事処やおすすめの宿の話を聞くことが出来た。外の世界に生きる人々は、存外おしゃべり好きなのかもしれないなとシンヤはある種の感慨にふけりながらオルビエントに無事入国することが出来た。
まずは宿探しと食事。それからサラと合流だ。温泉というのがこの国の名物と言うので、それが堪能できる場所を探すとしよう。
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