第二章:北国偽影編

第二章 北国偽影編

第38話:プロローグ

 サラティナ・オーブ・エルピスとシンヤ・カンザシの二人がオルビエントに派遣されたことが決まったのと同時刻。渦中の北の国では実権を握っている第一王子と宰相がワイン片手に談笑をしていた。


「まったく。人類存続のために協力せよとはな。国でもないただの騎士たちの寄せ集めの分際で自分たちこそが人類の護り手だと豪語している…生意気な連中だ」


 オルビエント共和国、第一王子ペルデンタ・オルビエント。まだ二十代と若いが実年齢以上に見られる風貌だがそれは彼が日常的に深謀遠慮を巡らせているからだ。


 四大国と言うことで当然のことながら強大な軍事力を保有している。彼の弟にあたる第二、第三王子は一群を率いる将に収まっている為に筋骨隆々だが、ペルデンタは痩躯。体を動かすより頭を動かすほうが遙かに得意なのだ。



「おっしゃる通りです。四大国こそが人類の護り手の中心であるべきです!それを他の三国はあっさりと協力を了承するとは……信じられません」


 オルビエント共和国宰相、バオアー・ジェーチ。短足で贅沢を越した結果のでっぷりと肥えた腹を持つ禿頭の男。権謀術数渦巻く政治の世界において狡猾さと対抗馬の暗殺など、あらゆる手段でのし上がってきた食えない男だ。


「それが奴らの現界と言うものだ。先日の【闇の軍勢】の進軍時には後れを取りはしたが我が弟達ならばたやすく撃退できるだろう。聞くところによれば、例の敵軍の大将を正導騎士でも何でもない、ただの仮面を被った戦士と言うではないか。天下の正導騎士も大したことはないのだな」


「ですが、中央選都より派遣されたカーカフ殿がいなければ我が軍の先遣部隊は全滅しておりました。我が国の兵を護ってくれたことには感謝しなければなりません」


「さすがモナカだな。その点は感謝してもしきれないな。それにこの件を提案してくれたのも彼女だ。天下の正導騎士も一枚岩ではないというわけか」


 モナカは山羊頭の怪物との死闘で負った傷の療養中、なぜ正導騎士が四大国に派遣されているのかを語った。その理由を知ったペルダンテは涙を流し、憤慨し、そして彼らと決別することに決めた。


「いずれ奴らの暴挙は明るみに出る。しかしそれまでの間に我々だけで【闇の軍勢】を跳ね返せるだけの力を付けなければならない。バオアー、例の物の量産はどうなっている?」


「問題ありません。【星咳薬せいがいやく】の量産の目途はすでに立っております。間もなく全兵士に供給できることになるでしょう。これで我が軍の兵は皆正導騎士並み・・・・・・になることでしょう」


「素晴らしい。そうなれば我が軍だけでも十分戦える。人類を闇から救うのは我々オルビエントだ!断じて人類最強が率いる人界騎士団ではない!」


 一丸となって戦わなければ勝ち残れない生存戦争。しかし、序盤にしてすでに大きな亀裂が奔る。その真なる震源はどこなのか。



 *****



 サラティナとシンヤはオルデブランの命を受けて馬車に揺られながら北の大国を目指していた。さすがは正導騎士序列第三位を輸送する馬車だ。その外見は頑丈で大半の魔導を弾き飛ばし、内は振動を一切伝えてこないからすこぶる快適と来た。


「まさか、こうしてシンヤと旅が出来る日が来るなんてね。夢にも思わなかったなぁ」


 愛しい人の肩にもたれかかりながら、サラティナは感情を吐露した。二人きりの空間ということをいいことに十年間できなかったことを取り戻すために全力で甘えていた。


 シンヤもシンヤでそんな彼女を邪険にすることなく、むしろ頭をなでて全力で甘やかす。


「そうだな。こうなる日が来ることを夢見て俺は死に物狂いだったからな。なにせ俺は魔力を持たない能無しだからな」


「ユウカ・カンザシさんだったけ?シンヤの師匠。一体どんな修業をしたらあんなに強くなるの?こう見えて私だって天才とか言われていたんだけどなぁ。あんなの魅せられたら自信なくすんだけど?」


「ははは……すまない。あのときのことはトラウマなんだ。思い出すだけでげんなりする」


 シンヤは顔を青くして視線をそらした。その急激な変化に金輪際この話題に触れることは辞めようと心に決めた。


「そ、それよりも。これから行くオルビエントってどういう国なんだ?」


「私も行ったことはないからそこまで詳しくはないけれど、端的に言えば寒い雪の多い国って感じかな?だからあそこの兵士は皆屈強だと前にモナカが話していたかな」


「モナカ・カーカフ。序列七位の正導騎士だったか。サタナキアプートと交戦して怪我を負ったんだったよな?」


「そう。彼女はどちらかと言えば正面きって戦うよりもからめ手を講じて戦う方が得意だから、さすがにどうにもできなかったみたい。そのおかげで彼女はオルビエントの王子様から随分信頼されているみたい」


「上手く懐に潜り込んだというわけか。そして俺達の仕事は、誰が【闇の軍勢】なのかを探ることだったな。あの時セロスのように」


 ランコーレ商会で秘書をしていたセロスと言う女性がいた。本物の彼女はすでに殺されており、誰にも気付かれずに【闇の軍勢】の褐色の長耳族の女に入れ替わっていた。しかしそれは長い時間一緒にいた社長のザイグや彼の暗殺を依頼したヘイトリッドもそれに気付いていなかった。それほど彼らの擬態は完璧だと言うことだ。


「鬼が出るか蛇が出るか。藪蛇にならなければいいがな」


 正導騎士第三位と世界の異物イデウアンゼが北の大地に足を踏み入れた。これがもたらすもの一体何か。それはまだ誰にもわからない。

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