第37話:エピローグ②

 結論から話そう。


 夜明け近くまで続いた正導騎士と吸血鬼の王との死闘は双方の痛み分けで終わった。正確に言えば人類最強を含めた三人がかりで仕留めきることが出来なかったために人類側の限りなく敗北に近い引き分け。


「ククク……なるほど。これが正導騎士ですか。なるほど、これは侮ってはいけませんね。特に【概念解放イディアリンフォース】、これは脅威だ」


「まだまだ余裕って顔で何を言っているんだ。それよりもうすぐ日も昇るが、まだ続けるのか?」


「いえ、今日のところはこの辺で終いにしましょう。本来の任務である捕虜の二人を回収も無事済んだ・・・・・ことですしね。ここでこの貴方もろとも滅ぼしてもいいのですが、それだと芸がない」


「捕虜の回収が済んだ?まさかお前は―――!?」


「それではごきげんよう正導騎士の皆さま。今度会うときは躊躇なく容赦なく、その首に牙を立ててあげましょう」


 オルデブランは慌てて逃がすまいと斬りかかるがウォズルツはその身体を霧にして霧散した。むなしく空を切った剣を力強く握りしめてから鞘に納めて指示を飛ばした。


「ライエン!アリエス!今すぐ中央塔エンブレマ地下牢獄に向かってくれ!奴の言ったことが正しければ、捕虜を奪還されている可能性がある!急げ!」


 返事をする間も惜しみ、二人は全力で地下牢獄へと向かった。完全にしてやられた。オルデブランは悔しさのあまり全力で地面を殴りつけた。


「クソ!まさか音もなく気配もなく忍び込める奴がいようとは!」


 十中八九、捕虜は奪還されているだろう。警戒に当たっていた兵士もおそらく命はないだろう。それだけ敵の隠密性が優れていたということだ。正面きっての敵が上位種族である吸血鬼族の王であればそれが陽動なのは読めた。だから地下牢獄の警戒は通常の倍にしていた。さすがに正導騎士の配置はできなかったが、少なくとも異常を感知できればすぐに誰かを向かわせるつもりだったのだが、しかしの気配そのものがなければ不可能だ。


「すでに忍び込まれていた。そう考えるのが妥当か。まったく、頭の痛いことだ」


 一人嘆息しているところに、懐にしまっていた通信機が鳴った。声の主は牢獄に向かったライエンからだった。


『あぁ…聞こえるか、オルデブラン。予想通り、二人の捕虜は影も形もねぇ。見張りの兵達は皆殺しだ。どいつもこいつも『なんでって』って不思議な間抜け面をさらしてやがる。最悪だぜ』


「そうか……わかった。亡くなった兵達の回収を手配しなければな」


『何悠長なこと言ってやがる!こうなった以上俺達から討って出るべきだ!やられっぱなしは性に合わねぇ!違うか!?』


「落ち着けライエン。出兵するにしても軍を再編しなければならないし四大国の協力が不可欠だ。話はそれからだ。まずはアリエスと一緒にお前はいったん宿舎に帰れ。サラティナ達が戻ったら軍議を行う。それまでは休んでいろ、いいな?」


 わかったよ、とぶっきらぼうに返事をして通信は途絶えた。頭をガシガシとかいてから広場で待機しているであろうエドガーに連絡を入れる。彼には基本的に何が起きてもその場を動かず警戒に当たれと厳命を下していた。愚直なまでにそれを護っている最年少の騎士にも一時宿舎への帰還を命じた。


「まったく。面倒なことになったもんだ」


 これから起こるであろうことに憂鬱な気分になる。こんなことなら人類最強と祭り上げられて指揮官のような立場を断って前線で気楽に剣を振っているほうが数倍ましだった。それがもう叶わぬことだと理解しているが、それでも考えずにはいられない。


「こうなったら若者たちに期待するしかないか」


 またシンヤにぶん殴られる回数が増えるなと独り言ちてオルデブランも一度寝ようと宿舎へ向かった。



 *****



 それから一か月の時が流れた。執務室で四大国からの送られてきた手紙に目を通したオルデブランは怒りのあまりに机を殴りつけた。


「ふざけるなよ北の大国オルビエント!この状況でなに寝言言ってやがるあのクソ王子!」


 彼にしては珍しく怒声を上げた。今すぐにでも乗り込んで叩き切ってやりたい衝動に駆られるが、一度大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「ったく、これから会議だっていうのに最悪な返事をよこしてくれたもんだ。だが、これではっきりしたとも言えるか」


 考えを素早くまとめて、すでに役者が揃っているであろう会議室へと向かった。



「ほぉ……てめぇがサタナキアプートをぶっ殺した二代目双刃か。その仮面の下がどんな面しているか拝みたかったんだ。つか、なんでここにいるんだ?誰が呼んだぁ?」


「私ですよ、副団長。と言うか、シンヤにケンカを売るのなら私が買いますよ?ぶち殺しますよ?」


「おうおう!なんだよサラティナ!てめぇにしてはいい度胸じゃねぇか!いいぜ、久々に殺し合おうぜ!」


 この場には集うのは正導騎士の序列二位ライエン三位サラティナ五位ホランド六位アリエス八位ナスフォルン十位エドガー、そしてゲストとして呼ばれたシンヤ。今日の彼は仮面を被らず素顔をさらしている。そして、なぜかシンヤをめぐってヤクザと恋人が一触即発の状態になっていた。


「シンヤ君と言ったか?君が私の可愛いパンテラをいじめた男か。何やら君はパンテラと二人きりで食事に行ったそうだか、サラティナ嬢という恋人がいながら私の可愛い娘にも手を出すのかね?どうなんだね、シンヤ君?」


 サラティナの隣の隣に座るホランドからこの部屋に入ってからずっとねめつけられている。そして確信犯で爆弾を投下してくるこの馬鹿親父。


「ちょ、ちょっとシンヤ!パンちゃんとご飯行ったの!?私に合うより前に!?なんで!?どうして!?返答によっては戦争夫婦喧嘩よ!?」


 案の定、サラティナはライエンをほったらかしてこちらに噛みついてきた。シンヤはとんだとばっちりだと言わんばかりにため息をつきたくなったが、ここで吐いたら余計にややこしくなると思って堪えた。


「落ち着け、サラ。君にはそう簡単に会えないだろう?それにパンテラから君のここでのことを聴いた。よく頑張ったな」


 ポンポンと幼い頃にしてあげたように頭をなでる。すると途端に顔を赤らめて塩らしくなって剣幕はどこかに飛んで大人しく振り上げた拳を下した。そして親馬鹿ホランドに向き直る。


「ホランド殿。パンテラ嬢からは食事はサラの話を聴かせてくれるというのでそのお礼ですよ。確かに魅力的な女性ですが、私はサラ一筋ですから」


「……そこまで言い切られると何も言えんな。大事にするんだぞ」


 むむむと唸りながらホランドは押し黙った。ふぅと乗り切ったことに安堵したシンヤだが、一匹の猛獣がまだ残っていることを忘れている。


「おいサラティナ!やるのか!?やらねぇのか!?どっちだ!?つかなに堂々と惚気てんだよぶっ殺すぞ!」


「おい腐れ外道。それ以上サラにケンカ売るなら俺が買うぞ。そもそも最初から気に食わなかったんだ。サラに馴れ馴れしく話しかけるな殺すぞ」


「おいおいおい!いいねいいね最高だなぁ!よし、なら今すぐ殺し合おうじゃねぇか!誰に舐めた口きいたか教えてやるよ!」


「上等だ。全力で潰してやる。泣いて謝っても許してやらないからな」


「はいストップ!ストップ!これ以上俺の心労を増やしてくれるな!と言うかなんで初対面のはずなのに殺し合いに発展してるの君たちは?」


 シンヤとライエンが所かまわず抜刀して斬り合うとしたとき、ようやくオルデブランが会議室へとやってきて二人を止めた。そしてこのいざこざを素知らぬを決め込んだ他の騎士達を恨みがましく一睨みして席に着いた。


「さて、早速だが会議を始める。シンヤの紹介もしたいところだが申し訳ないが後回しだ。先ほど四大国を含めた各国から【闇の軍勢】の生存戦争についての回答が来た。そのほとんどが協力を惜しまないとの返事だったが、唯一例外がある」


 一度ここで言葉を切り、


「四大国が一つ、北のオルビエントが協力を拒んできた。それどころか俺達の存在そのものが戦争の要因だと糾弾してくる始末だ」


「正気の沙汰とは思えねぇな。生きるか死ぬかの瀬戸際に原因探しか?あそこの王様はついに耄碌したか?」


「あそこは最近第一王子が実権を握っている。その王子様からの返答だ。ふざけているとしか思えないがな。まぁそれはいい。俺が危惧しているのは―――」


「おそらく、国の中枢に【闇の軍勢】が張り込んでいる。そう言うことだろう?」


 正導騎士達が列席する中においてシンヤは遺物だ。だが口を挟まずにはいられなかった。何故ならその可能性はザイグ暗殺事件の時から危惧していたことだ。


「シンヤの言う通りだ。俺の見立てではおそらくオルビエントはすでに【闇の軍勢】に裏から支配されている可能性がある。そこでだ。駐在しているモニカに加えてサラティナとシンヤの二人を新たに派遣してオルビエントの中枢に潜り込んでいる【闇の軍勢】を捉えて奪還してほしい」


「すでに現地にいるモニカには連絡を入れてある。サラティナは中央選都からの特使として説得にきた体で、シンヤは流れの傭兵として現地に入ってくれ。残念ながら君たちに拒否権はない。頼めるな?」


 シンヤとサラティナ。再会を果たした二人だが、逢瀬を重ねるのはまだ先の話である。




第一章 再会編 了

第二章 北国偽影編 に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る