第36話:エピローグ①
サラティナから知らされた情報を元にオルデブランは緊急で選都の防衛網を強化した。具体的には褐色の長耳族を収監しているここ、【中央塔《エンブレマ》】に正導騎士序列二位のライエンと同序列六位のアリエスの二人を配置。オルデブラン自身と序列十位のエドガーは街の中心地に立って網を張り、全力で警戒態勢を敷いた。
「オルデブラン様。サラティナ様の報告に信憑性はあるのですか?聞けばこの奇襲を示唆したのはサラティナ様ではなくその旧友とのこと。信用できるのですか?」
中央選都の中心、噴水広場で待機すること数時間。すでに日は落ちて夜。じっと黙っていたがさすがに限界を迎えたエドガーは人界騎士団団長に疑問をぶつけた。
「エドガー、君の指摘は至極最もだ。だが、残念なことに敵さんの大将を獲ったのはその旧友、『二代目双刃』だ。名前はシンヤと言うのだがね、まぁそれはさておきだ。その男が言ったそうだ。『魔皇帝の右腕にしては弱すぎる』と。だから本丸が他にいるとな」
「それは……にわかに信じがたいことですね」
返ってきた答えは疑問の答えを得たというよりもむしろ深まってしまった。先日行われた選抜武芸大会の優勝者である仮面の騎士の正体はさぞ高名な戦士かと思っていたが聞いたこともない名前だった上に、その者の進言を素直に受け入れてこうして警戒しているのだから驚きだ。
「わかるぞ、エドガー。だがな、あいつの実力は下手すれば
「そんな馬鹿な!?オルデブラン様を凌ぐ猛者などこの世界にはいないはず!いくら何でも過大評価のし過ぎです!」
「世界はそれだけ広いというわけさ。少なくとも俺より強い奴を俺は一人知っている。まぁだから警戒にしておくに起こしたことはない」
それきりオルタナティブは口を閉じて瞑目に戻り、エドガーも口をつぐんだ。
この会話からわずか三十分後。時刻が丑三つ時になったころ、その時は来た。
*****
「どうやらこっちが当たりだったみてぇだな。オルデブランから言われたときはついにあいつも頭がイカレたかと思ったが、どうやら杞憂だったみてぇだな」
中央塔に隣接している訓練場で待機したライエンとアリエス。すでに人界騎士団の副団長を務める不良騎士はすでに剣を抜いている。対してアリエスはあくびをしながら悠長に構えている。
「ハァ…でもさぁ、どうせならそんな予想は外れて欲しかったわ。だって、選都内での戦闘なんて初めてじゃない?私、この街割と好きだから壊れてほしくないのよね」
「フン。ちょうどいい機会だ。平和ボケしている連中もこれで目が醒めるだろうぜ。さて、敵さんのお出ましだ。盛大に出迎えてやろうぜ!」
曇りのない漆黒の空に毅然と輝く月に影が差す。その者は静かに、殺気を重厚に身体に纏ってそこにいた。
「フフフ。人族の切り札である正導騎士とやらが二人ですか。私も随分となめられたものですね」
その者は若い男だ。貴族の舞踏会に行くかのような紳士服に身を包んだ正装でこれから戦いを者の装いとは程遠い。しかし彼はまぎれもなく【闇の軍勢】の刺客だ。まだ距離があるにもかかわらず肌がピリピリと刺すような威圧を感じる。二人は油断ならない相手だと警戒のレベルを全開まで上げる。
「ハッ。てめぇみたいな優男くらい俺一人十分だぜ!」
肉体強化を展開。魔力で足場を作り接近する。
握る得物は細身の片手直剣。盾はなく、その攻撃は野獣がごとき怒涛獰猛の乱暴技。しかしそこに一切の無駄はなく、ただ効率よく敵を殺す洗練されている。そして彼の属性は水の上位属性である氷。
「フムフム。なるほど、息巻くだけのことはありますね。剣に振れればそこから凍結していき身体の自由を奪う。そういう魔導ですね?」
「そう言うこった!その余裕綽々の面のまま氷漬けにしてやるよ!」
怖い怖い、と肩をすくめながらしかし優男はまるでダンスを踊るかのようにライエンの攻撃をかわしていく。しかしライエンに焦りはなく、ただひたすらに剣を振るう。二人だけの空中舞踏会が行われるが、この戦場にいるのは男二人だけではない。
「あら、私がいるのを忘れているんじゃない?」
優男の背後に回っていたのは稀代の魔導士、アリエス・ハヴィガースト。基本四属性に適性を持ち、古今東西あらゆる魔導を修めたと言われている麒麟児。彼女に魔導戦を挑んで叶うものは世界広しと言えども存在せず、彼女一人で小国は落とせるとさえ謂われている。なにせ彼女には魔導士最大の弱点である魔力切れが起きえない。
「収斂の魔眼、解放。魔導陣待機―――
眼帯の奥にあるのは金色に輝く瞳。星より与えられた遺物。それが彼女の持つ【収斂の魔眼】である。それが持つ効力は大気中に存在する魔力を吸収して己の物とすること。つまり、敵味方が放った魔導の残留魔力を無限に収集できる。だから彼女の魔導は常に
彼女の背負うは大小様な無数の魔導陣。それが一斉に明滅し、掛け声とともに火・水・風土の属性を帯びた閃光が発射される。優男が気付いた時にはすでにアンタレスはアリエスの隣に移動していた。全てが直撃して大爆発を空に描いた。
「副団長様の剣を軽々かわしていたわりには、存外あっけなかったわね」
「阿保抜かせ。手を抜いていたのがわからなかったのか?気分よくさせたところでお前の全力の不意打ちで潰す。そういう手はずだろう」
あらかじめの作戦通り、アリエスの一斉射撃は気持ちいいくらいに決まった。轟々と立ち上る煙の中には何も残っていないだろう。さすがに強靭な肉体と耐魔力を持つ【闇の軍勢】であっても木っ端みじんのはずだ。
「おやおや。あれで全力ですか?ならばそれは―――拍子抜けと言うものです」
ブハァと一陣の風が吹き、煙がすべて吹き飛んだ。そこにいたのは傷一つなく、服についたほこりを払いながら不敵な笑みを浮かべる優男の姿だった。驚愕する二人の正導騎士に向けて、男は優雅にお辞儀をしながら名乗った。
「申し遅れました。私の名は吸血鬼族、真祖のウォズルツと申します。吸血鬼族が族長であり、【
ウォズルツが消えた。そう思えるほどの速度で移動した。狙いは邪魔な援護をしてくるアリエス。その心臓を穿つべく手刀を放つが割って入る影が一つ。
「吸血鬼風情がなめるなよ、クソがっ!」
ライエンがその一撃を剣ではじき飛ばす。しかし態勢が崩れたのはアンタレス。その無防備な腹に容赦のない前蹴りが突き刺さり、アリエスともども地上にたたき落とされる。
剣で身体を支えながら立ち上がるが、口から盛大に血がこぼれる。今の一撃で内臓をやられたようだ。口元を乱暴にぬぐう手負いの獣。
「無駄に頑丈ですとすぐに死ねなくて不憫ですね。ですがご安心を。そこの女性ともどもすぐに冥府に送って差し上げます」
「―――うちの大事な副団長をそう簡単に殺させるわけにはいかないな」
その絶体絶命のピンチの中、二人の前に立ったのはこの世界の希望、人類最強の男。
「ここから先は俺が相手をしよう、吸血鬼の王よ」
「その剣気、その威圧、その殺気。なるほど、貴方がかの有名な人類最強ですか。いいでしょう、相手にとって不足はありません。ここでまとめて始末いたしましょう」
長い夜の戦いが始まった。
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