第9話

「あの、私……リオネって呼んでくれていいよ?」


 噴水前のベンチで、隣に座る女子からの親密さを感じさせる囁きに西吉に心が動かなかったのは、真面目一辺倒で女っ気のない中学時代を経てフランクなキャラに変えた彼の性格がまだ西吉自身に馴染んでいなかったからだけでなく、友人が行方不明になってから2日も経って今更生まれた焦りによって、恋という概念がすっかり抜け落ちてしまったからだった。


「それは良い。先川原さきがわらさんと呼ぶよりも半分以上も時間短縮できる。」

「時短か……確かに。じゃあ私も君付けやめようかな。」

「うん。そうしてください。」


 また、どこか女子のような雰囲気のある西吉に対して名前呼びをすることに、先川原が抵抗を感じることは無かった。

 翌日、やけに親密に互いを呼び合う2人を見て兼政と成岡が驚くことになるが、それはまた後の話なので今は置いておく。


「今、ちょうどチョコちゃんから連絡があって……」

「本当だ。っていうかなんで成岡さんってチョコちゃんなの?」

「名前が知世子ちよこだからチョコちゃんって呼んでる……。」

「へえ。」


 西吉は成岡のメッセージをじっと見て、笑う。


「『なるほど?』って何も理解してないのでは?」

「チョコちゃんは長文苦手だから……これは要約が欲しいんだと思う……。」

「うん。」


 西吉は携帯の画面を閉じ、学生鞄にしまう。先川原のメッセージは必要かつ十分で、要約するのは難しそうに感じた。


「さっきの、2人が寮に帰らない理由みたいなのってなんだったの?」

「白の魔法使いなのに分からないんだ……。」

「頭良いって言っても限度があるし、分からないことは分からないよ。」

「へえ。」


 先川原は携帯を開き、時間を確認する。16時52分。門限まではあと2時間くらいでまだ時間には余裕がある。


「家出って非日常を楽しむものだと思ってて……。」

「非日常って楽しいのか。」

「分かんないけど……うーん。違うかな?」


 先川原は持論を展開することに抵抗があり、少し目を逸らしてこそばゆそうに言葉を紡ぐ。


「実際分からないけど……家出するってことは、普段の生活を送りたくなくなるってことで……そうなると、つまり言い換えれば、普段の生活でない状態、つまり非日常的な生活を送りたいってことになる。

 でもって、非日常な生活に欠かせないことっていうのは日常生活で使っていたものを徹底的に避けるってことだと思うんだよね。つまり今回の例で言えば、寮には帰りたくない、友達に会いたくない、学校に行きたくない。これがさっき言ってた『2人は寮には帰らないと思う』の理由だね。」

「なるほど。」

「それで、ここからこの『家出の性質』を利用した2人の探し方を1つ導けるんだけど……」

「ちょ、ちょっと待って。」


 焦ったように手で話を遮る西吉を先川原は恥ずかしそうにちらっと見る。


「ちょっと……話しすぎたね。」

「全然そんなことないよ。むしろ初めからそのくらい話してくれてれば既にミキタカも卯辰さんも見つかってるんじゃないかと思うくらい良い考察だった。聞きやすいし、もっと聞いていたいくらいだ。」

「……途中で遮られたけどね。」


 拗ねたような声を笑ってスルーし、西吉は思考に引っ掛かった部分を訊く。


「僕としてはミキタカが卯辰さんに振られて家出したと考えてたんだ。非日常を楽しむみたいなポジティブな理由じゃなくて自暴自棄になっていて、それだから、リオネの言葉を借りれば日常生活を避けてるということになる。と考えていた。けど、ミキタカが卯辰さんと一緒に行動しているとすれば卯辰さんはミキタカのアプローチを少なからず好意的に捉えたってことになる。」

「確かに、そうだとすれば細坪君が1人で家出する理由はない。けど、現時点で細坪君が1人で家出してる可能性はほとんど無いから……」

「結局、既に分かってる結論をもう一度導いてきただけ。と言いたいかもしれないけど、そんなことはない。

 リオネが知ってるはずもない情報なんだけど、ミキタカはドが付くほど真面目なやつで……」

「まあ恋愛すると人って変わることあるし……。」


 西吉は頭を抱えて膝にうずめる。


「確かに……。」


 何かを考えているのか、うずくまったまま動かなくなった西吉を先川原は見つめる。


「さっきリオネが言ってた方法って何?」

「結局訊くんだ。」

「うん。僕の発想より参考になりそうだ。」

「本当に簡単な話だよ。さっき並べた3つの要素のうち、『友達と会いたくない』は私たちが利用できる。つまり、私達がいる場所にはアユネも細坪くんも行きたがらないってことだから、生活にどうしても必要な場所に私たちが行ってそれを2人が目にすれば、そこには2人とも行かないってことになる。それに、仮にそういう場所に行ってみて2人が見当たらなかったとしても、毎日見張ればいずれは来るはずだから……」

「つまるところ、2人が行きそうな場所に行って張り込みすれば、僕らが2人に気付こうとも気付かないとしても結果的に2人が行く場所がどこか分かるってことだ。」


 先川原は大きく頷く。そして、2手に分かれて張り込もうと提案する。


「とりあえず銭湯の再チャレンジと、あと私はエグチフーズに張ってみようと思ってる。あそこは食料品が安いし、何でも手に入るし、何より入り口が1つしかないから張り込みにはもってこいだと思う。」

「確かに。じゃあ僕は銭湯に向かうね。また明日。」


 西吉は納得し、先川原と別れて銭湯に向かった。

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