第8話

 公園を出てすぐ西吉は先川原の方に振り返ってにこりと笑う。


「実は僕って、本当に成岡さんに嫌われてたりする?」

「さあ。チョコちゃんはあんまり自分のことを話したがらないから。」


 申し訳無さそうに目線を下げる先川原の顔を、西吉はじっと見つめる。


「もしかして、僕のこと苦手?」

「苦手……というか、そもそもまだ知り合った相手に対する態度にしては……軽すぎるかな。西吉君は。ナンパ師みたいに見えてちょっと……距離取りたくなるかも。」

 西吉は笑い顔のまま向きを変え、どこかに向かって歩き出す。


「じゃあ、銭湯行こうか。もしミキタカが自由に動けるなら、間違いなく風呂には来るはずだからね。」


 先川原は、銭湯で張り込んだところで結局、自分たちは昨日と同じように寝てしまうのではかという気がした。


「今日は寝ないよね?」


 西吉は自信なさげな様子で小さく呟く。


「寝ない、と思う。寝ないつもり。ただ、昨日色々考えてみたけど他の案が思いつかなかったから、地道に銭湯で張るしか無いと思う。」

「そっか……」


 他の案が無いかと思考を巡らせる先川原は一つの不味い可能性に気付く。


「たとえば、歩祢とミキタカ君が自由に動ける状態で、しかも毎日風呂に入ると仮定して……それでも銭湯を使わない方法があるかも。」

「それは、銭湯を使うよりも簡単な方法?」

「そんなことも無いけど、昨日、私たちが銭湯で寝てるのを目撃されていたら、2人が銭湯を避ける可能性もあるから、私の思いついた方法を2人が取っているなら今日は銭湯に行かないかも……。」


 西吉は頭を抱える。


「まじで昨日寝たのが良くなかったのか。実際、まさか僕も寝てしまうとは思ってなかったんだけど、ちょっと事態を好天的に考えすぎてたかも。

 それで、銭湯を使わない方法っていうのはなに?」


 先川原は少し首を傾げる。


「西吉君って……」

「ハルカでいいよ。」

「うん。……ハルカ君って、歩祢の魔法についてどれくらい知ってる?」


 西吉は数秒間黙りこくり、記憶を辿る。


「考えてみると、青と緑の魔法使いってこと以外は知らないかも。」

「考えてみるまでもなく……」


 西吉は先川原の頭を軽くチョップする。


「そういうの、マネしないで欲しいな。」

「あはは。」

「でも、僕はなんとなく分かったよ。青の魔法といえば姿を消す、音を消す、そして”当たり判定”を消す……。」

「総じて世界との関わりを薄くする魔法だって言われてるね。って補足するまでもないか。」

「うん。でもって、”当たり判定を消す”能力の代表的な物が、壁抜けの魔法だ。未だに壁を厚くする以外の対策法が見つかっていないあの壁抜けの魔法を卯辰さんが使えるとすれば、誰にもバレずに寮に入ることなんて容易い。」


 先川原は頷く。


「まさに、歩祢の使える魔法がそれなんだよね。しかも、緑のほうの魔法は踏み込みを速くする魔法だったりするから、つまるところ」

「壁抜け魔法の数少ない欠点である、連続効果時間が短いことと壁を抜けるまでの加速を自前でやらなければいけないことを同時に解決する。つまり最強の組み合わせ。」

「なんかちょっと、言い方がオタクっぽいね……。ちなみに理論上、厚さ2メートルの壁なら難なく通り抜けられるって歩祢は言ってたよ。」

「いきなりアクション映画みたいな設定持ち出してくるじゃん。」


 2人は笑い合う。そして、笑いが止まった瞬間の少し気まずい静寂が生まれる。


「とりあえず、今の話はグループに連絡しといて欲しい。」

「分かった。」


 先川原が携帯を操作する様子を見ながら西吉はこれからのことを考える。先川原に指摘されたように、探し人の使う魔法すら考えないのは考えが足りなさ過ぎた。


「というか、寮に帰ってる可能性はミキタカにもあるのか。初日以外には先生も寮のカメラを確認してないだろうし。」

「そのことなんだけど……。今の方向性で考えると2人は寮にも帰れる、私たちに会おうと思えば会える、学校にも来れるってことだよね。」

「そりゃあ、家出してるって前提で話を進めてるからね。」

「それなら、むしろ寮には帰らないんじゃないかな。……その、……私の言い出した仮説を否定することになっちゃうけど。」


 西吉は首をひねり、先川原の発言について少し考えるがいまいち理解できなかった。そして、そもそも自分が何を根拠に何をしようとしているのかじっくり座って考えたいと思った。


「立ってるの疲れたから、噴水の方に戻ろう。」

「今日はどうするの?」

「根本から考え直さなきゃいけ無さそうだ。僕と兼政は少し性急に動きすぎたのかもしれない。」


 焦ったように歩く西吉の後ろから急いで先川原がついて行く。わき目も降らずに早足で元のベンチに戻った西吉の前には、うなされながら眠る兼政がいた。


「兼政。」

「なんだよ。」

「兼政。部屋で寝た方が良いと僕は思うぞ。寝てるとすぐに腹を冷やす。」

「そうかな、体よく俺を追い払いたいだけなんじゃないか?先川原さんと随分仲良くなったように見える。」

「寝ぼけてんじゃないのか。僕に言うジョークとしては構わないが、先川原さんの前で言っていいジョークではないな。」


 ぼんやりした目をぱっちりと開けて、兼政は西吉とその後ろに立つ先川原を見る。


「確かに、ちょっと冷静じゃないようだ。これ以上余計なことを言わないように部屋でゆっくり休むことにするよ。」


 ふらふらとした足取りで兼政は公園を出て行った。

  





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