第5話

「歩祢が会ったのはその細坪くんで間違いなさそうよ。考えてみると確かに、歩祢と細坪くんが同時に行方不明になったのは妙ね。」

「考えてみるまでもなく……。」


 余計なことを言おうとする西吉を兼政が目線で牽制する。


「俺らはミキタカのことを見つけ出したい。成岡さんも卯辰さんがどこにいるか知りたいはずだ。だから成岡さんたちのためにも、俺らがミキタカを探すのを手伝って欲しい。」

「もちろん。」


 と気合いの入った返事を成岡が返したあと、すぐに兼政は不安な表情に変わる。


「ただ……、今のところどこを探せばいいのかの見当すらついていないんだ。」


 肩を落とす兼政の腕を先川原がおずおずとつつく。


「私、少し思い当たるところがあります。」

「本当か?」

「はい。」


 先川原が言葉を探す一瞬の沈黙が挟まる。


「昨日、シャンプーが無い事に気づいて門限ぎりぎりにスーパーに駆け込んだんです。その時に、もう人も疎らで店員さんも気が緩んでいたのか雑談をしていたんですね。」

「うん。」

「で、私が駆け込んだあとも雑談を続けてて、その時にこう話してたんです。」

「うん。」

「『昨日も今日も、駆け込みで来る客が多いな。』

『確かに。それにしても、昨日の客は凄かったな。あんな大量にカップ麺やら飲み物やら買い込んで。』

『そうか?長く務めてると少なからず見るぞ、ああいうのは。きっと寮で宴会でもやるんだろう。』って。」


 先川原は息をつき、反応を求めるように兼政を見る。


「その買い物をした人が卯辰さんなんじゃないかってことか。」

「はい。あんまり確信はないんですけど、家出するために大量に食べ物を買ってた可能性もあるかなって。それで、可能性が少しでもあるなら確認した方が良いかなって思って。」


 兼政は目を閉じて数秒間考えを巡らす。


「今のところ確かにそのくらいしか手掛かりがないか。だが、どうやって確認する?店に誰が来てたかなんて情報、直接訊いても怪しまれるだけだと思うが。」

「そう、だよね。参考にならなくてごめん。」


 何か別の案が無いかと3人が考え始めた時、西吉が自信満々に意見を言う。


「銭湯で待てばいいじゃん。家出してても風呂くらいは入るでしょ。」


 成岡は苦い顔をして、無言で西吉を見る。


「それとも成岡さんって、お風呂とか入らないタイプ?」


 青筋を立てながら西吉に近づく成岡の腕を掴み、兼政が制止する。


「すまない。信じられないくらいデリカシーが無い人間だが、ハルカは俺らの中で一番、頭が切れる。卯辰さんとミキタカを探すのには欠かせない人間だ。」

「あ、僕ってフルネームで西吉はるかっていいます。よろしく。」


 成岡は諦めたように脱力し、縋るような目で先川原を見る。

 西吉と一緒に行動したくないという一言を、願わくば先川原が言ってくれないかと。どうしても感情的になってしまう自分と違って状況を客観的に見れる先川原に、自分の気持ちを代弁して欲しいという気持ちで先川原を見つめる。


「私は、……西吉くんの案は良い案だと思う。」

「そう。凛央音りおねはそう思うのね。」

「うん。あと私、フルネームで先川原凛央音って言います。なんちゃって……。」


 珍しく険悪な目で自分を睨みつける友人に先川原は縮こまる。


「凛央音。西吉に影響されるのだけはやめてね。」

「うん……。そ、そうだ、早く銭湯に行かないと閉まっちゃうよ。」


 成岡は気持ちを切り替えるように伸びをして、満面の笑みで兼政を見る。


「その通りね。早く行きましょう。」


 疲れたように歩き出す兼政と並んで歩き出す成岡に、後ろから西吉と先川原がついていく。


 ◇


 第四高校から第三高校方面に20分ほど歩いたところに、現代的な雰囲気の銭湯がある。

 地下階に大浴場を設け、1階に個室の風呂とシャワー室、2階に純和風の露天風呂を設えた清潔な銭湯は大人だけでなく学生にも一定の人気がある。

 

 4人は入り口近くの待合室に座り、知っている顔ぶれが通らないか確認しつつ雑談に花を咲かす。


「銭湯には久しく来てないな。」

「確かに。中学生の時に家族で1回行ったきりかも。でも、銭湯って何だか心地が良いわよね。待合室に座っていると眠くなってくるような。」

「分かる。私もう眠いもん。」


 口を抑えて欠伸をする先川原を一目見て癒やされ、その肩を借りてすやすやと寝息を立てる西吉を見て成岡はムッとする。


「そんな奴に肩なんて貸すことないのに。」

「なんか……寝顔が可愛くて、つい。」

「本当に。中学生の女子みたいな顔してるわよね西吉って。」

「うん……。」


 細坪や卯辰だけでなく見知った同級生の姿さえ見当たらない空間と静かにセッションする西吉と先川原の寝息が兼政と成岡の眠気を誘い、いつの間にか心地よく意識を失った4人が目を覚ましたのは優しい電子音の和音で奏でられるオールド・ラング・サインが流れ始めた頃だった。


「まさか全員寝てしまうとは。」

「一番に寝てたのはあなただけど、ごじゅ……」

「みんな寝たんだから五十歩百歩だよね。」

「ええ。でもあなたに言われると納得がいかないわね。」


 せっかくのチャンスを無駄にしてしまった後悔で意気消沈しながら、4人は各々の寮へと帰っていった。

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