第4話

 結果的に、西吉と兼政が卯辰から話を聞くことは出来なかった。色よい答えを期待した西吉に澤谷が返した答えは、残念そうな顔だった。


「卯辰さんへの取材は、……まあ無理だろうな。」

「せめて話だけでも、通していただくことは出来ないでしょうか?」


 澤谷は首を横に振り、声を落として西吉に囁く。


「実は今、卯辰は学校に来てないんだ。」

「来てない!?」


 澤谷は怒った顔で唇に指を立て、静かにしろと言う風な仕草をする。


「声がでかい。そんなに驚くことでもないだろう。」

「もしかして、卯辰さんが学校に来なくなったのって昨日からですか?」

「そうだ。よく知ってるな。」

「……ええ。」


 西吉は失言を誤魔化すように曖昧な返事を返した。

 澤谷はその様子に不信感を覚える。新聞部かなにか知らないが、ただの取材相手に対して、そう正確な情報を持ち合わせているものだろうか。


「西吉。お前は……」


 本当に新聞部として卯辰を調べに来たのか?と疑問を口にしようとしたその時、2人の横からピッチの高い険悪な声が掛かる。


「何の話をしてるの?」


 2人が横を見ると、赤い目をした女子が彼らの方を睨みつけていた。その後ろには、青い目をした背の低い女子が赤い目の女子の影に隠れるように立っている。


「成岡……。」

「澤谷。今、歩祢あゆねの話をしてたらしいわね。あの子について彼に何か言いたいことでもあった?」


 話についていけず混乱した顔の西吉に、澤谷が事情を説明する。


「彼女は成岡と先川原さきがわらさん。卯辰さんの友達で、成岡の方は俺の幼馴染。」

「それで?」

「分からないけど、卯辰さんがいなくなってから少しピリピリしてるっぽい。」

「違うわよ。高校も違う誰とも知れない怪しい人間にへらへら気を許して、私達のことをリークしてるあんたに苛立ってるのよ。」


 状況を十分には理解していないとはいえ、不味い状況に陥っていることだけは理解した西吉がゆっくりと体を反転させる。

 そして隙を見て逃げ出そうと成岡と先川原の様子を眺め、いざ脱兎の如く走り出そうとした瞬間に地面が大きく揺れ成岡が能力を発動した。

 成岡はくすりと笑い、西吉はバランスを崩して思い切り地面に体を打ち付ける。


「あなた、逃がさないわ。」

「待って。事情を聞いてください。」

「なんの?」

「僕らが卯辰さんのことを探していた理由です。」


 西吉の突然の告白に、澤谷は驚いた顔をしている。

 西吉自身は、口を滑らせたと後悔した顔をする。


「まさか初めから卯辰さんを探していた……?」

「澤谷。あんたもっと人を疑ったほうが良いわ。それと、彼女との予定忘れてないわよね。」

「あっ!」


 澤谷は焦ったようにどこかへ走り去っていった。そのズボンのポケットからこぼれ落ちた鍵を拾いながら成岡は西吉の顔をじっと見つめる。


「白の魔法使いって、信用できないのよね。」

「すごい偏見ですね。」

「だって頭良いじゃない。」

「あはは。そう言う成岡さんは頭が悪そうですね。」


 舌打ちをする成岡に西吉は手を伸ばす。


「それにしてもすごい威圧感ですね。僕、腰が抜けちゃって。手を貸して貰えませんか。」

「あなた、見た目通りとても弱々しいわね。細いし、私でも担ぎ上げられそうだわ。」


 成岡が手を掴んだ瞬間、西吉はにやりと笑う能力を発動する。成岡は驚いた顔のまま、ぴくりとも体を動かせない。


「意趣返しです。さっき転んだの、結構恥ずかしかったので。そういえば、白の魔法使いのことは信用しないんでしたっけ?」

「これはどういう状況だ、西吉?」


 背の低い青い目の女子の後ろから、兼政は笑いながら西吉に声を掛ける。


「馬鹿そうな子がいたので冗談ついでに罠にかけたら、案外簡単に引っかかったので驚いてる状況。この人は成岡さんっていって、例の青と緑の女子の友達らしい。」

「初手から印象を最悪にしてどうするんだ。貴重な情報を持ってそうな人なのに。」


 兼政は西吉を軽く注意し、視界から半ば消えかけている先川原に声を掛けた。


「ところであなたは?」

「わ、私は、何でもないです。」

「そうか。」

「そうか。じゃない。彼女も卯辰さんの友達だ。確か先川原さんとかいう。」


 兼政は目を逸らしかけていた先川原をもう一度見る。


「なるほど。では先川原さんに訊きたいことがある。一昨日、公園で告白されたという話を卯辰さんから聞かなかったかな?」


 先川原は首を傾げ、少しの間黙り込む。


「一昨日は私も歩祢と一緒に公園にいました。けど、そういう人には会ってません。」


 地面が大きく揺れ、西吉が驚いて成岡の手を離す。


「一昨日と言えば、歩祢が公園に来る途中で、真面目そうな感じの高校生にハンカチを拾ってもらったって言ってたじゃない。」

「あれは、告白とはちょっと違うんじゃないかな?」

「それって、もしかして柔らかめの七三分けで赤い目の人じゃないですか?」

「……」


 西吉の発言をあからさまに無視する成岡に対して、西吉が言葉を続ける。


「そもそも、白の魔法使いの能力と言えば触れた物の動きを止めるのが定番ですよ。あからさまに僕に喧嘩を売ってきておいて、白の魔法使いについて詳しいみたいな顔をした人がそんな能力にすら警戒しないなんて、むしろ成岡さんの方が悪いのでは?だから、僕に対して八つ当たりするのはお門違いです。」

「……」

「そんなに冷たく当たらないで下さいよ。ねえ、成岡さ……ぶへっ」


 兼政の蹴りが西吉の顎に当たり、空中で一回転して地面に倒れ伏した西吉はそのまま動かなくなる。汚物を見るような目で西吉を見つめる成岡に兼政が話しかける。


「すいません。西吉は普段とても真面目な奴なんですが、友達を挑発する趣味があって。よっぽど成岡さんに気を許したんでしょうね。彼の中で成岡さんはもう友達だと思われてます。」

「迷惑な人ね。」

「ちなみに兼政の趣味は女の子に優しくして心を弄ぶことですよ~」


 いつの間にか仰向けに寝転がる姿勢になった西吉が言うが、誰一人、彼の話を聞いていない。


「今までの会話から推測するに、俺らが探している青と緑の魔法使いは卯辰歩祢さんというらしい。」

「そうね。どうして探しているかは知らないけど。」

「それすら説明してなかったのか西吉……。」

「何なら私に見つかったとき走って逃げようとしてたわよ、この人。」

「それは多分ふざけてやってるだけだから構わないんだが……」


 兼政は1つ溜息を吐き、彼の友人である細坪について説明を始める。

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