隠れ家
厩戸と言葉を交わすようになってから、竹田は少しずつ頬の赤みを取り戻していった。柔らかな眼差しと勤勉な性格、そして人々に寄り添う姿は皇子としても申し分ない。母である
同時に、馬子も柔らかな糸を手繰るように厩戸への敬愛を募らせていた。聡明で機知に富み、時に丁寧に、時に大胆に人々の未来を描いている。そんな厩戸だからこそ、娘のことも国のことも、そして蘇我の繁栄をも全て預け得ると思っていた。大人になりゆく厩戸は、この国を導く
そんな二人の眼差しを、周りの豪族たちも機敏に感じ取っている。物部が弱体化した今、蘇我につくか、はたまた蘇我を出し抜くか、そんな選択を迫られている。様子見したげな視線が交錯する飛鳥の春は、静かに静かに流れて行った。
一方で、大王たる
「······なんだか人が多いな」
父・
鳥は周りを見渡すが、赤檮が何を言っているのか分からない。人など何処にもいないではないか。そう耳打ちすると、赤檮は「ん」と上を向く。
「木の上だの木の裏だのに色々いる。俺たちを害する感じでは無いが、かといって彦人さまんとこの奴らでもないな。隠れるのは下手じゃないが上手くもない」
鳥は困惑して周りを見渡す。やはり分からないものは分からなかった。
すると山の上の方から誰かが歩いてきた。その途端、鹿でも歩くかのような軽い音がいくつかそちらへ向かっていく。赤檮が言う奴らとはこの足音の主らしい。
「······あれ、誰だっけ。見たことあるな」
赤檮が頭を掻きながら言う。上から降りてきた人物のことらしい。鳥は始め興味本位で視線を向けただけだったが、慌てて赤檮の腕を掴んで草陰にしゃがんだ。
「おいおいおい、何だよ」
「何だよじゃないですよ! は、はつっ······いや、大王ですよっ、赤檮さん!」
間違いない。泊瀬部である。何故か忍ぶかのような服装でこそこそと山をおりていく。となると、周りの気配は大王の護衛か。まだ皇子だったとはいえ、以前にもこんなことがあった。確か、あの時の泊瀬部が向かっていたのは······。
「やぁ、久しぶりだねぇ赤檮」
一か八かで訪ねた山神の館。出迎えた彦人はにこやかに笑っていた。やはりこちらの隠れ家に居たか。泊瀬部の行き先として思い浮かぶのは、もはやここしかなかったのだ。
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