大王


任那みまなの復興についてどう思う」

 泊瀬部が即位して幾月か経った。豪奢な冠をいだいて高御座に座る彼は、何かと新たな政策を打ち出そうとしている。あれだけ消極的であった以前の泊瀬部とは、とても同一人物とは思えなかった。

「おそれながら、復興を支援するにはまだ時期尚早かと思います。先の戦にて徴兵された豪族や民の傷はまだ癒えておりませぬ。一先ずは国内の安定を······」

「その戦を引き起こしたのは、蘇我と物部ではないか?」

 泊瀬部の返しに、意見を奏上した馬子は口を閉ざした。後ろで合議を眺めている面々も、何も言わずにただ床の一点を見つめている。

 泊瀬部によって宮が倉梯くらはしに移されてからというもの、常にこのような状態であった。外交だけではなく地方統制や仏教の受容など、様々なことにおいて泊瀬部の改革が進められようとしている。それに対して豪族たちの不満が上がっているのも確かであった。彼らからすれば、戦に参加したのだからその対価は貰わねばならぬのである。


大臣おおおみ、あんまり煮詰めているとまたお身体を壊しますよ」

 ここ最近、朝から晩まで動き回っている馬子のことを厩戸は心配しているようだった。ただでさえ小さかった背がまた幾つか小さくなったようにも見える。

「いえいえ、ここが踏ん張りどきです。もう守屋も······」

 そこで馬子は口を閉ざした。何か言いかけた己を誤魔化すように、厩戸へ愛想笑いを返す。

「私がやらねばならぬのです。蘇我もやっとそこまで来た」

 一つ礼をして仕事に戻った彼を、厩戸は静かに見つめていた。百年と前から名を馳せてきた氏族たちを追い越す勢いで成長している。そんな今の蘇我氏を背負うための努力が彼には見える。

 しかし、どこかそれだけではないようにも思えるのだ。たった二十歳の頃から大臣として歩き続けられたのは何故なのか。一族台頭のためだけなのか? はたまた国の発展のためだけなのか? 綺麗な理由も黒い理由も付け足そうと思えばいくらでも想像出来る立場の彼だが、それゆえに厩戸の考えはまとまらなかった。もう十五年も共にいたのに、である。

「厩戸」

 ふと、声をかけられた。振り向けば、薄暗い廊下の角から白く細い手が伸びている。嫋やかに揺れる薄緋の領布ひれには見覚えがあった。ゆっくりと近づけば、次第に花のような香が強くなる。間違いないだろう。厩戸の名を、そのままに呼べる者など限られている。難波や春日が死んだ今となっては、特に。

「何故ここにいらっしゃるのですか? 大后おおきさき

 目の前の女性に問いかけた。凛とした目元を緩ませた彼女は、紛れもない先の敏達帝の皇后であり、竹田の母でもある額田部皇女ぬかたべのひめみこであった。

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