鈴の音
帰ってきた豪族たちが口々に繰り返す。
知らぬ間に戦が終わっていた。作業場にいた
しばらくして
ほんの少しの時間を置いて、赤檮がこちらへやって来る。「怪我してないか」と聞いてきたので、問題ないと答えておいた。
「これ、助かった」
赤檮が差し出したのは木彫りの広目天だった。今朝、
「
初めは上手く飲み込めなかった。しかし、聞き返してもそっくりそのまま返されるので、
広目天を持って呆然としていると、キンと耳鳴りがした。しばらくして、それがどよめきであったことに気づく。
木漏れ日揺れる山の小径を登ってきたのは
「
馬子の眼前にあった切り株に、ごつ、と重いものが乗せられた。静まり返る山中ゆえに、微かに紅い水音のようなものも聞こえた。
本来ならば屈強な肉体を伴うはずのそれは、今や樹齢数十年の切り株の上に収まるほどしかない。 山風に煽られる淡い髪が、ただ艶なく血にまみれている。そこに此の世の何を見れば良いのか、考える余裕すら止利にはなかった。
馬子が徐に手を伸ばす。しばらく静寂だけが山を支配した。しかし、雲の一端が流れ去った頃、くつくつと笑い声がした。湧き出でる泉のようで、転がる鈴のようでもある。それが馬子のものだと理解した瞬間、彼の指が守屋に触れた。
解れていない片方の
晴天に玉飾りが掲げられる。日を照り返す鮮やかな赤だ。下から湧き出すかのように流れた馬子の血が、指から腕へと滴ってゆく。
「勝った、四天王は我らに味方した!」
馬子の声に豪族たちが応える。この山道で鬨の声をあげてから丸三日。三度の退却を経ての勝利だった。
厩戸も馬子の肩に手を乗せると、薄い唇を綻ばせる。
「さぁ、帰りましょう。飛鳥の天は我々のものです」
しめやかに笑った厩戸が別人のように見えて、止利は広目天を握りしめる。静かな笑みは変わらないのに、ふとそう思ったのだ。
むしろ、顔付きが変わったのは馬子の方だろう。しかし彼の笑顔にはまだ無理があるように見える。そこがこれまでの馬子とも重なるゆえか、どうも厩戸の方が奇妙に見えた。守屋の髪飾りを手にする馬子の手は震えていたのに、厩戸は一つの震えもなかった。
「······やっと終わった」
帰京の準備が整う頃、小さく馬子が呟いた。誰に言うでもない独り言だ。しかしそれこそが彼の本心のように思えて、印刀を包みながら視線を逸らす。
豪族たちは、集まっては離れ集まっては離れ、勝利と恩賞の話ばかりをしている。隅に追いやられた雑兵の男が、弟らしき屍を抱いて泣いていた。木漏れ日に光った声泣き涙こそ、止利が最後に見た戦の姿だった。
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