修羅
半ば諦め混じりに顔を上げると、壁際にいた
部屋の隅に居る泊瀬部は起きてこそいるものの、一言も口をきくことは無かった。
「······」
そんな二人を、厩戸は何も言わずに見つめていた。朧気な灯火に照らされる顔は、さながら仏像のように色がない。しかし泊瀬部とは違い、廃人めいているわけではない。むしろあまりにも美しく冷たいが故に、生きている人間とは思えなかったのだ。
止利はその表情を初めて見た。何を考えているか全く分からない瞳。それが玉のように光を含んでは何も言わずに二人の皇子を見つめている。いつも穏やかな血色を灯していた彼から色が抜けるだけで、これほど別人に見えるものか。
気がつけば四天王像を彫る手も止まり、動かす気力もなくなっていた。一息つくように印刀を床に置くと、その音で厩戸が不意にこちらを向く。
「······完成しました?」
「いえ······申し訳ありません」
相変わらず澄んだ声であるのにやはり色がない。いや、色と言うよりも影がないと言うべきか。どうも声の形が曖昧で、それが光なのか影なのか見当すらつかなかった。
「······今更になって、春日皇子さまの言いたいことが分かった気がします」
厩戸はそれだけ零すとまた口を閉じてしまった。先程より奇妙な静寂が訪れ、少々居心地が悪くなる。
どう声をかけるべきか、そもそも何も言わずにいるべきか、そんなことをうんうんと迷っていると、戸口の方から荒々しい足音が聞こえた。不意打ちかと思い些か震えながら印刀を手に取ったが、顔を出したのは先程別れた
「皇子さま」
赤檮が雄々しい声音で言う。怒り混じりの声に相応しく、目や髪が逆立っているように見える。厩戸が怯みもせずに赤檮を見上げれば、彼は「
「彦人皇子さまの第一子である、
「······何と?」
厩戸の動きが止まった。真っ直ぐに赤檮を見据える瞳に灯火が映り込む。
「今、
赤檮が言い切らないうちに厩戸がガタリと立ち上がった。隅にいた泊瀬部が肩を震わせたのが分かる。
「大臣に会いに行きます」
「え?」
「いいから行きます」
止利の困惑した声も聞こえていないのか、厩戸はすぐさま
「ま、待ってください」
急激な展開に追いつけず、ついて行くか否か足踏みをする。しかしながら、厩戸の行動が気になって仕方がない。まるで厩戸の皮を被った別人でも見ているかのようで、やはり留守番などしていられるわけがなかった。
「僕も行きます!」
咄嗟に答えて赤檮を追いかける。
蘇我の本陣に戻れば、ちょうど馬子が彦人の舎人へ上座を譲っている所だった。
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