合流


「······そろそろ合流出来ると思うんだけどね」

 第二軍の方へと武器を運んでいた河勝かわかつと止利は、喧騒を横に細い山道を抜けていた。

 立ち並ぶ木々のすぐ向こうから、両軍のうねるような声が聞こえてくる。いちいち木の根に足が取られるのは、膝が震えているからだろうか。自分たちの手がけた馬具や武器が人を殺めるために使われている。その現実が心にめり込んでくるようで、河勝に引っ付くことだけで精一杯だった。

「······止まって」

 河勝が歩みを阻害した。息を呑んで足を止めれば、薄闇が広がる木々の合間に、馬に乗った人影が見えた。周りには数十人の歩兵がいる。

「物部? いや······」

 河勝が小さく呟く。次いで止利の前に出していた腕を下ろすと、「見つけた。着いてきて」と足を早める。踏みしめた草の合間で、小枝がポキリと折れた。

「······誰ぞ」

 馬に乗った人物が瞬時に弓を構える。止利は初めて向けられた殺意に身体を固めてしまうが、対する河勝は恭しく礼をした。

はたの若造ですよ、仲若子なかつわくごさま」

「なんだ、河勝でしたか。これは失礼」

 仲若子と呼ばれた男が即座に弓を下ろす。周りにいた歩兵たちも河勝のことは知っているのか、「なんだ河勝さまか」と肩を下ろし始めた。

「武器の配達に参りました。こちらは鞍作部の止利くんです」

「ほう、間が悪かったな。今ここには我々しかいない。阿倍も大伴も出払ってしまった」

 仲若子はちらりと止利を一瞥した後、こちらへ馬を寄せる。

「とりあえず武器だけは預かろう」

 仲若子が歩兵たちに武器を受け取るよう指示をした······直後のことであった。

「っ!?」

 荒々しい喧騒が土を鳴らし、こちらへ近づいてくるのが分かった。仲若子は体勢を整えるやいなや、音の方向へと目を凝らす。

「大伴らが敗れたか?」

「ならばこちらも撤退ですかな」

「そうなると······いや待て」

 仲若子は河勝を制するように手を伸ばした。

膳部かしわでだ。膳部傾子かしわでのかたぶこがいる。彼は一軍では? 何故こちらに······」

「膳部?」

 その名を聞くや否や、河勝が苦い顔をした。

「まずい、彼がついていたのは皇子さま方だ! こちらへ来るということはそこが狙われたのでは」

「えっ!?」

「なんだと?」

 思わずあげてしまった声に、止利は両手で口を塞いだ。

「何かあればこちらへ逃げよと大臣が指示していたはずです。大伴たちはどこへ?」

「恐らくそう離れていないはずだ」

 河勝と仲若子の声も耳に入らなかった。

 皇子さま方が狙われた? そんなことがあって良いものか。皇子たちは旗印ではなかったのか。少なくとも武力となるために来たわけではなかったはずだ。それなのになぜ狙われなければならないのか。止利にはまだ分からなかった。

 目眩の後に耳鳴りがする。ツンと響くような喧騒の合間に、皇子たちの声が届いた気がした。

「止利くん! しっかりしな!」

 グイッと腕を引っ張られた。見れば、いつの間にか馬を借りた河勝が止利の身体も上へ引っ張りあげている。

「えっ、あの」

「いいから僕の身体に腕回して。しっかり掴まっとくんだよ。振り落とされても知らないからね」

 わけも分からぬまま反射的に河勝に抱きつくや否や、手綱の音が鳴り響く。幾分か開けた視界の奥で、森を駆けてくる皇子たちの姿が見えた。

「仲若子さまはここでお待ちを。私が誘導してきましょう」

 その瞬間身体がぐわりと傾いた。前足を上げた馬が嘶き、雷のように駆け始める。

 耳の奥で風が鳴る。状況を呑み込めぬまま必死にしがみついていた止利が次に見たものは、すぐそこまで来ていた皇子たちの顔と、竹田たけだを庇って腕から血を流す春日かすが······そして、迫る物部軍の中で体勢を崩した泊瀬部はつせべの姿だった。









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