密売


「どういうつもりだ河勝。お前は蘇我方の人間だろう」

 物部の屋敷を訪ねてきた河勝は、相変わらず飄々とした笑みを浮かべていた。守屋はそれが些か気味悪くなって眉を寄せる。

 傍についていた万も警戒半分に河勝を見ていた。もちろん、何かしでかそうものなら河勝を斬ることも厭わないと、剣を持って。

「確かに大臣おおおみにはお世話になっておりますが、今の私の根幹は朝廷への忠義と商売でして。大王亡き今は一介の商売人なのですよ」

 また小賢しいことを言う。そもそも商売だけに集中しているわけでもなかろう。

 昔からこの男にはあまり近づきたくなかった。守屋からすれば、あちらこちらの皇族や豪族に顔が知れた河勝は一種の網に見えるのだ。そこかしこに彼の耳が張り巡らされているようで薄気味悪い。同族の氏が各地にいる物部だからこそ、広範囲に及ぶ情報網の恐ろしさは知っているつもりだ。

「で、商人がなんの用だ」

「せっかくなのでこちらの方々とも仲良くしておきたいと思いましてね」

 河勝は付き人を手で呼び寄せるとガラッと木簡を並べる。そこには提供できる弓矢、剣などのおおよその数字が綴られていた。

「何故我々に?」

 瞳を鋭くする守屋に対し、河勝は「そりゃあ欲しいものがありますので」とあっけらかんに言ってみせる。

「武器の代わりとして、現在物部に通じている商人たちを紹介してくださいませんかね。最近交易の域を広げたいと思っておりまして。物部は古来より渡来人との関わりも深い。彼らに通じるような商人たちを探しているのです。私は今のところ百済とのつながりを深めるため蘇我に従っておりますが、もしこの戦で物部が勝つようならばそちらに味方しても良いと思っております」

「······なんだと?」

 守屋は張り詰めた弦のように目を細めた。こちらの情報を渡すなど、どのように使われるか分かったものではない。しかも相手が口の効く河勝だからこそ、より一層疑いの気持ちは強くなった。

「そう易々と引き受けられるわけなかろう。それに武器ならば我々が持つ作業場でいくらでも作れる」

「まあそうでしょうがどうか一つ······物部は新羅との関係が蘇我よりは深いと思いますし」

「だからなんだ。元々はお前のところも新羅との縁は深いだろう。今更商人を集めて何をする。こちらへの文物の流通を止めるか?」

「いえいえまさか。もし教えていただけるのならば、今後も武器だって何だって物部へ捧げましょう。ただ利益の足しになる人手が欲しいのです」

 守屋はどう思う、と言いたげに万を見た。万も胡散臭そうに河勝を眺めたものの、うーんと眉を寄せる。確かに物流をとめるのが目的ならば、わざわざこうして武器を提供してくるなど本末転倒。それに、商人に密偵をさせようものなら、直接的な出入りを禁じてしまえば良い。万は河勝の瞳を深く眺めると、「私は、良いかと」と歯切れの悪い声で言った。

「しかしまだ信じきれませぬ。こちらの情報を欲しがる蘇我の手引きではありませんか?」

 万が疑心暗鬼になる気持ちも最もだった。河勝はふむ、と顎に手を当てると、「ならばこうしましょう」と首を傾げる。

「明日、難波皇子さまが飛鳥より宮へ帰られるそうです」

 唐突な言葉だった。守屋らが眉を顰めるのも束の間、河勝は「どうでしょう?」と面妖な笑みを浮かべる。

「難波皇子さまは蘇我の血を引かぬ皇子でございます。現在蘇我方についてはおりますが、やり方次第で味方につけることも出来なくはない。一度話し合ってみては? 難波皇子さまがお通りになる道は把握しております。いかが」

 まさか皇子を売るとは。守屋は河勝の底意地の悪さを見て口を噤んだ。確かに、彦人皇子に良い返事を貰えず、泊瀬部皇子にも背を向けられた今、物部には大義名分となる旗印がいない。例え蘇我に勝てたとしてもその後大王に据えるべき親しい皇子が居ないのだ。それならば、まだ蘇我との繋がりの低い難波や春日を傍に置いておくべきか。

 視線を流した守屋に対し、万も頷く。傍に侍して顔を近づけると、「もしかしたら使えるかもしれませぬ」と守屋の耳に囁いた。

「武器など貰おうが貰わないが不利益はありませぬし、政権を狙ってコロコロと寝返る輩よりは、はっきりと富目当てに動いている河勝の方が信用できるやも······」

 守屋は頷いた。どこか胸騒ぎはするが、悪い話ではないのかもしれない。

「場合によってはこちらから蘇我の情報も聞き出すぞ。大臣にバレればお前の首も飛ぶ。良いな」

「覚悟の上でございます」

 はっきりとした響きだった。守屋は河勝の目を見て首を縦に振る。河勝は「ありがとうございます」と口の端をあげて、斜陽が差し込む瞳を細めた。













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