気配
用明天皇二年(587年)六月、
これは敏達帝の妃である
穴穂部は
守屋は歯噛みした。物部方に立つ皇子はいよいよ居なくなった。穴穂部と親しく、物部に傾き始めていた
もしやとは思っていたが、あの馬子がここまで動くとは。それゆえ、守屋が次に目くじらを立てたのは穴穂部の弟・
彼は系譜で言えば物部が推していた血筋である。まだ蘇我との繋がりも弱い。守屋はそこに目をつけた。それゆえ次は泊瀬部を旗印に······と、考えた。
ちょうど、その頃だった。父の元へと彫刻の指南を受けに通っていた止利が泊瀬部の姿を見かけたのは。
「あれ······」
父に頼まれ、彦人の別荘へ鞍を届けに行ったところで声をかけられた。どこかで見かけたような顔をした青年がいる。まさに泊瀬部皇子であった。なんでも彼も彦人に会いに来たらしい。
二人で彦人の元へ向かうと、快く出迎えてくれた。珍しい組み合わせだと笑う彦人に、泊瀬部が少し気まずそうに頬を染める。
「止利くんは鞍のお届けだね。
彦人に呼ばれて一人の舎人が出てくる。
止利は彼に鞍を引き渡して帰ろうとした。しかし彦人が「疲れてない? 少し休んでいきなよ」とにこにこ声をかけてくる。
「えっと······」
思わず口を引き攣らせる。どうするのが正解なのだろう。厩戸の元では誘われて屋敷にあがることが多かったが、それは彼の性格をある程度知っていて信頼したからなのである。
一方、彦人の言葉がただのお世辞という可能性も有り得るのだ。どうしたものかともだもだしていると、「あ、あの······」と横から声がした。そちらを見れば泊瀬部が恥ずかしそうに視線を逸らし、「君さ、厩戸のとこにいた子だよね······」と蚊の鳴くような声で問いかけてきた。
「僕の話聞いてってくれないかな。厩戸の意見聞きたいけどなんだか声掛けづらくて······」
きょとんと瞬きをした先で、「忙しいならいいや、ごめんね」と泊瀬部が両手を前に出す。熊に怯える兎のような姿に、止利は「はえ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「えっと······僕は構いませんが、むしろいいのですか? 僕が厩戸皇子さまの代わりに、なんて······」
「いいんだよ。厩戸は大臣と仲良いし、なんだか感情読めなくて怖いんだよね」
まあその意見も分からなくはない。厩戸に出会ったばかりの頃はそう思っていた。しかし馬子や厩戸が関わるような話とは一体何なのだろうか。
助けを求めるように彦人を見れば、「まあいいんじゃない? 泊瀬部くんがそう言うなら」とにこにこ眦を下げる。
これはまた奇妙なことになってしまった。お日様のように微笑む彦人と子犬のように不安そうな泊瀬部を交互に見ながら、うーんと心の中で首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます