日嗣の御子


 皇子たちと入れ替わるようにやってきた河勝は、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべていた。

「大臣と大連が何やら揉めたようですな。皇子さまたちは様子見ですかね」

 河勝が腰を下ろしながらカラカラと笑う。竹筒に石を入れたかのような音だ。先程竹田が泣いていたのは大臣と大連の喧嘩が原因か。詳しい内容は知らないが、大王の葬儀の場で何かあったらしい。

「あの、畏れ多いのですが、一体何が起こってるんですか? 突然皇子さま方がここに集まるなんて······」

「ああ、休憩のようなものですよ」

 あれだけの皇子たちが一度に飛鳥へ集まることなどそうそうないようだ。たまには顔を合わせたかったのだろう、と厩戸は言う。

「それに次の大王は皇子さまのお父上でしょうからな」

 河勝が横から付け足してきた。そのような話は初めて聞いた。なんでも、今現在二人の有力候補がいるのだという。一人は厩戸の父である橘豊日皇子たちばなのとよひのみこ、そしてもう一人はその弟である穴穂部皇子あなほべのみこだ。

 止利はそれを聞いてほう、と眉をあげる。つまり崩御された大王の弟二人が有力候補というわけか。

「まぁ、年上である橘豊日皇子さまが妥当だろうって話だよ。現に大兄おおえと呼ばれてるしね。でもそれに納得しないのが穴穂部皇子さまさ。葬儀の場でも即位願望を仄めかす発言をしたそうだね。まぁほんとかどうかは知らないけどさ」

 葬儀だというのに随分自分勝手だと思った。今更ながらに竹田の涙に同情する。

「皆さん休憩がてら私の様子を見に来たのでしょうね。父上についてなにか聞いているとでも思ったのでしょう」

「ほう。ということは皇子さまも何も知らされてないのですな。てっきり何かご存知かと。まぁ、橘豊日皇子さまを推す気持ちもあったのではありませんか? 大臣や大連への当てつけでしょう」

 河勝は河勝で情報収集のためにここへ来たらしい。飄々と本心を言ってのける彼に呆れたが、厩戸はおや、と眉をあげた。

泊瀬部皇子はつせべのみこさまもいらっしゃいましたよ? 彼は穴穂部皇子さまと母を同じくする弟君でしょう。異母である私の父よりは、穴穂部皇子さまを推すかと思いましたが」

「泊瀬部さまはまだお若いですし、周りに流されやすいところがおありですからな。どうせ難波なにわさまにでも引きずられてきたのでしょうよ」

 あっはっはと河勝が笑う。彼は心底愉快そうだが理由が理解できない。次の大王について揉めているのなら大変な状況にあるのだろう。それの何が面白いのだろうか。相変わらずよく分からない男だ。

「皇子さまのお父上のことは、蘇我の大臣が推しているとのこと。さて、物部の大連はどう動くやら」

 心底面白そうに目を細めた河勝に、どこか悪魔のような愉悦が見えて思わず口を曲げた。やはりこの男のそばに居るとろくな事がない気がする。しかし不思議と安心するのも確かで、妖のような男だと思った。

「こうなると、蘇我の手にも物部の手にも落ちていないのは彦人皇子ひこひとのみこさまくらい、ですか」

 厩戸がぽつりと言う。蘇我にも物部にも落ちていない、とはどういうことか。それを聞こうとしたが、その前に厩戸が口開いた。

「そういえば、彦人さまは見慣れない舎人とねりを連れていましたね。河勝何か知ってます?」

 きっと河勝が来る直前に彦人と泊瀬部が話していたあの強面な護衛のことだろう。舎人といえばどうしても調子麻呂のことが思い浮かぶ。そのため対照的な雰囲気を持つあの護衛は舎人というよりも武人のように見えた。

 話題が変わったのを見て、彦人についての疑問を推し殺す。

「ああ、あれですか。それが私もよく知らんのですよ。彦人皇子さまがしばらく前から可愛がっていたようなのですが、ただでさえ彦人皇子さまは外へお出ましにならない。あの舎人のことも出自から何から分からずじまいですよ。ただ、彦人さまは彼のことをイチイと呼んでいましたな」

「イチイ? 聞きなれない響きですね。渡来系の人でしょうか」

「さぁ? ただ、何だか面白そうな目をしておりますな、あの舎人。彦人さまは存外子供っぽいところがおありだ。彼が執着するなんて面白い男に決まってますよ。皇子さまのお頼みとあらば少し私の方で調べてみますが」

 厩戸は首を横に振る。軽い好奇心のようなものだったのだろう。

 なんだか一気に拍子抜けしてしまった。真剣な雰囲気が途端に崩れた気がしたのだ。肩を下ろしつつ、彼らに習って曖昧に笑顔を浮かべてみせる。自分が思っているよりも、大王選びは大変じゃないのだろうかと······そう思いながら。

 しかし、この時の止利はまだ知らなかったのだ。これが大きな波乱の前触れとなることを。








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