第四・五章

殯宮


 大王おおきみ訳語田おさだの葬儀には、大連おおむらじ物部守屋もののべのもりや大臣おおおみ蘇我馬子そがのうまこも参列した。しかしながら、いつの時代でも故人の権力や遺産が大きいほど残された人々は争い始めるものである。

 この時、馬子は誄言しのびごとを任されていた。長い刀を腰に帯び、謹んで追悼の意と故人の生涯を述べる。馬子の声が雨夜のようにしとしとと広がってゆく中、横からぽつりと嘲笑が漏れた。

「見ろ。まるで矢に射貫かれた雀のようだ」

 馬子の誄言が止まった。その瞬間 殯宮もがりのみやに静寂が満ちる。からかうかのように綴られた声の主は守屋であった。

「これはこれは。大連も恐れを知らぬ」

「葬儀の場であのような」

 巣穴から這い出でる虫のように群臣たちがさざめく。しかし厳かな雰囲気の中では大声で騒ぎ立てることも出来ない。

 守屋の言葉は明らかに馬子を侮辱していた。佩刀はいとうした小柄な彼を、矢の刺さった雀に例えたのだ。それで馬子が不快にならないはずは無い。すぐに誄言は再開されたものの、雨のような淑やかさはもう残されていなかった。

 その後、今度は守屋が誄言を行った。しかし疱瘡が治ったばかりなのもあってか、手や声が震えている。参列者が胸をざわつかせる中、馬子は仕返しと言わんばかりに笑った。

「見ろ。鈴を身体につけたら良く鳴るだろう」

 二人の態度に呆れる者もいた。しかし同時に皆が不安を感じていた。葬儀の場で罵りあうまでに二人の仲は悪化してしまったのかと。

 それは参列していた厩戸うまやととて同じだった。昔の二人はここまで険悪な仲ではなかった気がする。意見は違えど、互いを尊重するだけの心持ちがあったはずだ。だからこそ、彼らは飛鳥を支える左右の翼になれたのだ。ところが今はどうだ。これで飛鳥が飛べると思うか。大王がお隠れになれば、自ずから皇位継承の問題も発生する。こんな状況でこれからのやまとは大丈夫なのだろうか。

 そんな厩戸の心配も虚しく、守屋と馬子が睨み合いながら大王・訳語田──敏達びだつ帝の葬儀が終わった。嘆き悲しむ親族とピリピリと張り始める緊張の糸。そんな混沌に呑まれながら渦中の皇子みこたちは殯宮を後にする。

 今にも雨粒が零れそうな空の下、彼らが向かったのは何故か厩戸の屋敷であった。













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る