出会い
「
馬子はすっかり疲弊した様子であった。若々しかった瞳に輝きはなく、足取りもどこかおぼつかない。昨夜は物部軍に襲撃され、今日は恩師が笞打たれたのだ。そうなるのも致し方なかろう。馬子を支える護衛の駒も心配そうな顔色をしていた。
「大臣、少し休まれてはどうです? 物部とてこれ以上のことはしないでしょう」
「そうは言ってもですね、今の物部は勢いが桁違いだ。そう安心していられないのですよ」
馬子は深く息をつきながら厩戸の前に腰をおろす。どうも、厩戸に対して縋るかのような素振りがあった。
「皇子、昨夜の奇襲で多くの仏典や仏像を失ってしまいました。しかし、屋敷にあったいくつかの仏像は生き残りましてね。その仏像らをどうかここに匿わせて頂きたいのです」
「この屋敷に?」
一度驚いたものの、厩戸はすぐに納得した。確かに、馬子の屋敷に置いておけば再び狙われるのは確実。一方皇子である厩戸の屋敷であれば、例えバレたとしても襲われることは無いだろう。
頭を地につけてひれ伏す馬子に厩戸は快く頷いた。持参されていた仏像が次々と屋敷に運び込まれる。
「申し訳ありませんが、止利さんにもお手伝いを頼んでいいですか?」
仏像が残り一つとなったところで、調子麻呂がおずおずと言った。どうやら仏像のサイズが大きく、人手が足りないらしい。もちろん止利は頷いた。
数人がかりで取り出した最後の仏像は、人の背丈の半分ほどはあった。柔らかい布で巻かれているため姿かたちはみえないが、ずっしりとした重みがある。それを屋敷の奥まで運ぶと、馬子の家来たちは荷車を片付けるために外へ出た。仏像や仏典が安置された部屋には調子麻呂と止利だけが残される。
「調子麻呂。大臣にお菓子でも出してあげなさい。確か
部屋の外から聞こえた厩戸の声に、調子麻呂が「はい」と応える。彼は止利の方を向くと申し訳なさそうに言った。
「客人の止利さんに頼むのも気が引けますが、ちょっと床に置いてある仏典を棚に並べて頂けますでしょうか。あとで止利さんにも干し柿を振る舞いますので」
その程度ならおやすい御用だ。調子麻呂が部屋を出たあとに、止利は床に置かれていた仏典を壁際の棚に並べ始める。
「わっ」
ふとバランスを崩して近場の棚に手をついた。しかしそれが棚ではなくあの大きな仏像だと分かって慌てて体勢を整える。傷こそつかなかったものの覆っていた布がはらりと落ちた。まずいと思って布を拾い上げたのだが、仏像にかけ直そうとしてぴたりと動きを止める。
「······」
止利は真っ直ぐに仏像を見つめた。生まれて初めて仏像を目にした瞬間だった。
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