馬子の右腕だというこまは刃先のような瞳で止利を一瞥する。すらりとした胴体に身に纏った衣は深緋こきあけで、影のある赤色が妙に景色に馴染んでいる。梁や柱の木目に似ているのだろうか。暗くも鮮やかな布は悪目立ちしそうなものだが、駒の雰囲気も相まってか空気に溶け込んだかのような気配を漂わせていた。彼はどこか警戒するように河勝を睨むと低い声を響かせる。

「この方は鞍作部くらつくりべだと聞きました。皆様方のように権力に近しい身分でもないですし、そもそも鞍作のような品部しなべには渡来して来た方も多い。内々の事情を話すのは如何なものかと」

「まあね」

 怪訝な顔をした駒に対し、河勝はあまりにもあっさりと頷いた。彼は楽しそうに駒に近づくと、顔を覗き込みながらにやりと笑う。

「さすがは駒だ」

 飄々とした河勝の様子に、傍観していた竹田と調子麻呂が顔を見合わせる。同意するのならば何故止利に朝廷の話をしたのか。駒も同じ疑問を抱いているようだがわざわざ口にすることはない。元々寡黙な男なのだろう。

 しかし、瞳は確実に河勝に注がれていた。行動の意図を必死に探ろうとしているようにも見える。

「でもね、僕は止利くんにこの話をしておきたいんだよ」

 河勝はそう繰り返した。

「僕はつくづく思うんだ。止利くんは必ず大物になるってね。鞍作部で終わらせちゃあいけない。僕は止利くんを仏師にするよ」

 駒や竹田、調子麻呂までもが目を丸くした。しかし一番驚いたのは止利である。それを悟ったのか河勝はくるりと止利の方を向いた。

「前は君の判断に任せるって言ったけどね、正直僕は選択させるつもりもなかったよ。何がなんでも君には仏師になってもらう。そうじゃなきゃ僕が困る」

 河勝は悪びれもなく言った。止利が抗議の声をあげる暇さえなかった。

 なんて勝手な人だ。自分はまだ仏師になると決めたわけではない。その覚悟だってない。どうして彼は他人ひとの未来を独断で決めるのだろう。河勝の笑みが脳に張り付いてはぐらりと視界が揺れる心地がした。

「それは······ようございますな」

「えっ」

 突然同意したのは駒だ。止利は驚いて顔を上げる。何故初対面の駒が頷くのだ。そもそも「それは」の後の絶妙な間は何だ。どう考えても彼は何かを言おうとしていた。しかしのみこんだ。そのくらい止利にだって分かる。

 助けを求めるように竹田と調子麻呂に目を向けると、どこか心配そうに見つめ返された。やめてくれ。そんなに不安そうな顔をされたらますます怖くなってしまう。

「まぁ、とりあえずは昔話でも聞きなよ」

 河勝は相変わらずの胡散臭い笑みで笑いかける。それが鬼のようにも見えた。

「なんで僕がこんなことを言い出したのかはいずれ分かるよ。まずは君も飛鳥の現状を知っていた方がいいからね。話してもいいよね、駒。蘇我に不利益なことはない」

「どうぞご自由に」

 駒が静かに頷くと河勝は止利の前に座った。河勝の瞳の奥がキラリと光る。圧倒されるのも束の間、河勝は昔話を語り始めた。











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