再会


 仏師を勧められてからというもの、止利とり厩戸うまやとから仏教の教えを乞うようになった。とはいえ簡単に理解出来るものではない。そもそも厩戸でさえ理解しきれていないというのだ。宗教というものの奥深さは計り知れるものではなかった。

 しかしながら、止利は止利なりに感銘を受けた。元々争いごとを好まない止利にとって、どこか優しく厳かな教えはすんなりと心に入ってくる。厩戸の教え方が上手いというのもあるのだろう。完璧には理解出来ずとも、少しずつ雰囲気を掴めるようになってきた。


 そんなある日のことだった。

 止利はいつものように、厩戸の屋敷で仏教の教えを乞うていた。厩戸の穏やかな声だけが響くしずかな秋の昼下がり。清流のような声に耳をすませていたのだが、突然静けさを打ち破るような溌剌とした声が表で響いた。

「おーい、うまやとー! 来たぞー!」

 突拍子もない声に思わず飛び上がった。対する厩戸は至ってしずかに顔を上げ、目を伏せるようにして耳を澄ませた。

「大丈夫ですよ。私の知り合いです。あれは難波皇子なにわのみこさまの声ですね。それと横の足音は竹田皇子たけだのみこさまでしょう」

「足音で分かるのですか?」

「ええ、身近な人であれば」

 特に自慢する様子もなく言う。相手が近くにいるのならともかく、屋敷の外にいる時点で声や足音を聞き分けているなんて。止利には大声以外に何も聞こえなかった。なぜこの距離で足音など聞けるのだろう。

 そんなことを考えている間にも賑やかな声はこちらへ近づいてきた。屋敷を支える大きな柱の影から見覚えのある顔がひょこっと現れる。

「あれ? 前にも会ったことあるような······」

「鞍作部の止利と申します。お久しぶりでございます、難波皇子さま」

 難波は「おおお! 春先の!」と顔を明るくする。初めて会った日のことを思い出したのだろう。しかし急に話しかけて戸惑わせたことを反省しているのか、「あはは」と太い眉を下げる。

「あの時は悪かったな」

「いえいえ、お気になさらず······」

「皆様のお知り合いですか?」

 そこにいたのはきょとんとした顔の少年だ。年は十といったところだろうか。きっと厩戸と同じくらいの年齢なのだろうが、年相応の容姿をした彼と大人びて見える厩戸では、やはり少年の方が幼く見えた。

 厩戸が止利の紹介をすると、少年は「鞍作部ですか」と繰り返した。身分の低さを咎められているようで無意識にも身体が強ばる。しかし意外にも、彼は止利に向き直ると「初めまして」と頭を下げる。

「皆からは竹田たけだと呼ばれております。父は訳語田大王おさだのおおきみ、母は額田部皇女ぬかたべのひめみこにございます。どうかお見知りおきを」

「俺の異母弟だ。仲良くしてやってくれ」

 難波が付け足して竹田の頭をわしゃわしゃと撫でた。腹違いとは言え仲が良いらしい。

 訳語田といえばこの時の大王であり、後に敏達びだつ帝と呼ばれる天皇である。そして額田部皇女は後の推古すいこ天皇だ。

 高貴な血に囲まれてくらりと目眩がした。どう考えても自分のような格下が居るべき場所ではない。恐る恐る厩戸の顔を伺うも、彼は気にするなと言いたげににこにこと笑みを浮かべている。

 なんだか気まずい。そう思って苦々しい笑みを作れば厩戸の奥に控えていた調子麻呂ちょうしまろと目が合った。彼には失礼な気がするが、ようやく皇族の血を引かない人物を見つけてホッとする。

 しかし、肩を下ろしたのもつかの間、大きな足音が近づいてきた。つられて廊下を見れば、血相を変えた男が現れる。河勝かわかつであった。よほど急いできたらしく、柔らかな髪は所々解れて陽の光に透けていた。

 彼は難波と竹田を見て目を丸くするも、すぐさま三人の皇子に頭を下げる。

大臣おおおみが倒れられました。至急 蘇我そがの館へお越しくださいませ」

 荒んだ息混じりの言葉に皆が目を丸くした。皆で顔を見合わせるや否や、厩戸が馬を出すようすぐさま調子麻呂に声をかけた。










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