厩戸


「では、こちらの方は難波皇子なにわのみこさまで、あなた様が厩戸皇子うまやとのみこさまですか?」

「そういうことです。ごめんなさいね、ややこしいことになってしまって」

 止利とりの質問に笑ったのは、今朝見かけた黒馬の主。彼こそが、この邸宅に住む厩戸皇子である。遠目から見ても神秘的な雰囲気を纏っていたが、近くで見ると本当に神のような容姿をしていた。やけに背が高いのもどこか人間離れしているように見える。

 一方、調子麻呂ちょうしまろの横で止利を迎えてくれた男は、難波と呼ばれる皇子であった。今の大王おおきみ(天皇)である訳語田おさだ(敏達天皇)の皇子にあたるらしい。「いやぁ、久しぶりに飛鳥へ来たから心が踊っちゃって」などと頭をかいて謝ってきた難波には、厩戸にはない気さくさが見えた。

 詫びの品を渡したいとまで言われたものの、皇族に謝られるほどの身分ではない。慌てて遠慮したのだが、彼は「いいからいいから」と言って取り合ってくれなかった。

「難波皇子さまは昔からそうなのです。やけに人懐っこいのですよ。せっかくですし、お礼は貰っておいたらどうでしょう」

「おいおい犬みたいに言うな。人付き合いが良いって言え」

「相手が困惑しているのなら距離を置くのもまた人付き合いの力です」

 水をひと口飲んだ厩戸に、難波は「はいはい」と肩をすくめる。続けて止利の方に顔を向けると「なかなか可愛くないだろ? こいつ」と苦笑してみせた。

「ふふ、大人びすぎているのですよ皇子みこさまは。難波皇子さまはそう仰りたいのでしょう?」

 調子麻呂が空になった止利の器に水を注ぐ。難波が「そうそう!」と笑った。

「確かに年相応なところも見かけるけどな。時たま驚くようなことを言う。まるで世の中を分かりきってるかのような口をきくんだ」

「何も分かっておりませんよ、私は」

「いやいやいや、どうだかな。まだ十一なのに達観してる」

「えっ!? じゅっ、じゅ」

 慌てて口を塞ぐ。想像していたより幼かったものだから杯を落としそうになった。

「大人っぽく見えるだろ。こいつ」

「てっきり十五歳は過ぎているものだと······」

「背が高いからでしょう、私は。大臣おおおみにもよく言われます」

「ああ、大臣は背が低いからな。この間も大連おおむらじにからかわれてたぞ」

「最近仲が悪いんですよねぇ、お二人は。前はそれほどでも無かったのですが」

 皇子二人がそんな話をし始めたが、たかだか品部しなべの若造である止利には何を言っているのかよく分からない。それをそれとなく感じ取ったのか、後ろで静かに話を聞いていた調子麻呂が止利の肩を軽く叩いた。

「よろしければ、皇子さまの馬を見てみませんか? 政治の話はお二人に任せましょう」










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