──第一部・丁未の乱──
第一章「調子麻呂」
鞍作部
「よし、出来た」
金属独特のひやりとした光沢と、馬の背に合わせやすいまろやかな曲線。うららかな光を照り返す鞍を指でなぞると、
造形一つ一つが己の技術の結晶であり、我ながら申し分ない出来になったと思う。何せ初めて皇族へ献上する品だ。一人前になった証同然の代物ゆえに思い入れも深かった。先に完成させていた手綱と合わせると、傷つけぬよう麻袋に入れて、「行ってきます!」と声を上げた。
止利の属する鞍作部は、
亜麻色の髪を揺らしながら、止利は若草萌える丘の麓を駆けてゆく。春風に吹かれた木漏れ日が柔らかな緑の大地に斑を生んでいた。ふわりさらりと地面を踏めば柔らかな土と草の香りが立ち上る。優しい香りが落ち着くためか、止利は春が好きだった。
「どこか行くの?」
斜め後方に一人の男が立っていた。従兄弟の
鞍を届けに行くのだと、明るい声で答えた。そのあどけなさが止利を止利たらしめるところである。顔にたたえる満面の笑みは春の日差しによく似ていた。
「そういや顧客が決まったんだったね」
福利は「気をつけて」とだけ言って自分の仕事に戻ってしまった。彼は口数こそ少ないが、腕は確かで数年も前から手製の馬具を豪族に献上している。やっと注文を受け持つようになった止利とは大違いだった。
止利は再び「行ってきます」と応えて草の上を駆け出した。丘を離れ、川を越え、さらに北へと進んでゆく。目指すは馬具の依頼主・
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